田所修造の場合 33
酒を飲んだ後いつの間にか寝てしまったらしい。
何故か体を洗われているのを感じて目を覚ますと、またパックル族の女に湯船で体を洗われていた。
石鹸のようなものでゴシゴシと体を洗ってくれるのは気持ちいいが、さすがに慣れない。
女達が俺が起きたことに気が付き「湯加減はいかがですか?」とたずねてきたので「湯加減はいいんだが、俺は一人で風呂に入ることに慣れている。出来れば一人で体を洗わせて欲しい」と頼んだ。
女達は抵抗することも無く、俺に頭を下げながら素直に浴室から出ていく。
何故風呂にいるのかまったく分からないが、せっかくなので湯の中で体を伸ばして肩まで漬かる。
浴室は前回体を洗われたところと同じで、大き目の木の樽の湯船にダナーンと同じように温泉がかけ流しとなっている。
すでに体をほぼ洗い終わっているらしく、竜種の血が残っている箇所は見受けられなかった。
しばらく湯船の中で暖たまる。
体を湯の中で伸ばし、ゆっくりとほぐすように動かす。湯加減は丁度良くダナーンの温泉より少し熱かった。
体をほぐしていると、自分の体つきが少し変わってきているのに気が付いた。明らかに日本にいた時より筋肉質になっている。
確かこっちに来てから半月ほどしか経っていないはずだがと疑問に思ったが、どうでもいいかと湯で顔を流した。
しばらくしてから湯船を出ると、新しい服を持って女達が浴室へと入ってきた。
もうすでに全身を洗われており、今更恥ずかしがるのもあれなので急いで前を隠すようなことはしなかったが、体は自分で拭き、服も自分で着た。
姿見で女達が俺の格好をチェックし終わると、夕食の準備が出来ていると言うので案内に従いついていく。
腹はものすごく減っている。
しばらく歩き、大きな扉の前で女達が立ち止まり中へ声をかける。
両開きの扉がゆっくりと開くと、部屋の中には豪勢な料理が並べられているのが見え、思わず唾を飲み込む。
脇にいた女達が下がると、俺は食事に釣られて部屋の中へと進み出たが、少し進み出て部屋の雰囲気がおかしい事に気が付く。
よく見てみると上座のほうに先客がおり、静かに座っている。
その両側にも人がおりその内の二人は良く知っている奴だ。
上座に先日紹介されたダーナの王女、その左側にマーリン女王のヴィリ。そして、ダーナの王女の右側でヴィリの前を一つ空けて、アーンスンとガイウス。
不思議な面子で会話も無くただ座っている。
俺が入ってきたのに気が付いたのだろう。ガイウスがこっちを向いて「早く来い」と必死の眼差しを送ってきた。
腹は減っているが、面子と雰囲気を見て帰りたくなった。
俺を待って食事を始めていなかったのだろう、給仕が俺を急かすようにアーンスンの隣の席へ連れて行く。もともと俺に拒否権など無いらしい。
俺が席に着くと上座の王女が口を開いた。
「バアフン様。先日に引き続き竜種に対しての大勝利おめでとうございます。ささやかではありますが、本日ご活躍された部隊のガイウス隊長とアーンスン副隊長、それと勇者バアフン様に一席用意させて頂きました。軍を率いられているダイモーン殿、ニグリス殿は残念ながら参加できませんが、マーリン女王のヴィリ殿と私がお相手をさせて頂きますので、本日はお楽しみください」
やはり少女と思えない口調で王女そう言うと、給仕がいそいそと料理をそれぞれの取り皿に取り分けていき、陶器のグラスにワインを注いでいく。
料理は美味そうだ。
だがこの雰囲気はどうだ。ダーナの王女とマーリンのヴィリの後ろには2名ずつ親衛隊と思われる戦士が張り付いており、アーンスンは緊張のため顔が強張っている。
ガイウスなど全身強張りすぎて呼吸をしているのかも怪しい。
「バアフン様。先日はゆっくりとお話できませんでしたが、本日はわたくしとのお食事をお付き合いいただきますよ」
ヴィリが上品に微笑む。
相変わらずの破壊力だが、こいつは本日最大の地雷。先日と同じ過ちは繰り返さない。
「ああ、俺の話なんかつまらないだろうが、食事の招待は大歓迎だ。ありがたく頂くよ」
紳士的に目を見て話す。胸は見ない。
左手から視線を感じ、見てみると王女がこちらを見つめていた。小学生くらいに見える外見だが、パックル族は背が低いので年が判断しにくく、名前は前回聞いたような気もするが、あまり興味がなかったので覚えていない。
「私も是非バアフン様のお話を伺いたいです」
純粋な、混じりけのない綺麗な瞳で俺を見つめながら王女が言った。
俺はこういう眼で見られるのが苦手だ。
「そうか、聞きたいことがあれば何でも聞いてくれ」
なぜか照れてしまう。ごまかすようにグラスのワインを空ける。
「私は勇者バアフン様に心より感謝しております。私だけではないでしょう。竜種の被害にあっているすべての者達があなた様に感謝しております。この国の危急に駆けつけていただき、絶望そのものと言ってよい竜種を単騎にて倒されたバアフン様。私どものために竜種の血にまみれて戦われるお姿に、何をもってこのご恩をお返しできるのか、あなた様のためなら、あなた様が望まれるならダーナはそのすべてをもってこのご恩に報いさせていただきます」
ダメだ。こんな純粋そうな少女に見つめられ、とても間が持たない。
給仕が注いでくれたワインを空けながらアーンスンを見るが、こういった場は不慣れなのか、緊張のため固まっており助けてくれそうも無い。
「恩なんて感じる必要は無いんだ。俺が好きでやっていることだからな」
なんて不器用なんだと自分で思うような、ぶっきらぼうな口調で返答してしまう。
「そんなことは出来ません。あなた様は希望そのもののようでした。あなた様がお越しになってからはまるで世界が変わったかのようでした。あなた様がお許しになるなら、私あなた様のおそばに置いて頂きたく思っております」
少女の発言にむせてしまい、口に含んだワインを吹き出しそうになる。
咳をしながら助けを求めて回りを見回すが、すでに置物と化しているガイウスはもとよりアーンスンは過激な発言に驚いて固まってしまっている。
むせたことをごまかすため、再びワインを飲んでのどを落ち着かせる。
「スルト殿。バアフン様に感謝する気持ちは分かりますが、あなたはダーナを率いる身なのですから気軽にそのような発現は良くありませんよ」
俺が返答できずにいるとヴィリがスルト王女に注意してくれた。忘れてたがスルトって言うんだな。
「そうだな。少なくともそういった話は戦いのあとだ。まだ戦いは続くんだしな。それよりも戦のあとで腹が減ってる。みんな食事しよう」
ヴィリが入れてくれた助け舟の隙に、食事をしようとみんなに勧める。
実際腹が減ってるし、食事が始まればアーンスンとガイウス、いや少なくともアーンスンは緊張がほぐれてましになるはず。
俺の言葉を受けスルトが、本日の戦で働かれたばかりなのに気がつかずに申し訳ありませんとアーンスンとガイウスに食事を勧めた。
俺は会話をすればするほど面倒になりそうなので、目の前の食事とワインに集中する。
脇でアーンスンが食事を初め、ガイウスがぎこちなく動き始めるのを確かめながら食事をする。
料理は美味い。しかし、スルトの視線が気になる。
マナーを無視し、スルトを無視して食事にがっつくが、スルトがこっちを見つめ続けているので非常に落ち着かない。
ワインののグラスを空けながら、この異質な空間の空気を和らげるためにヴィリに話をふる。
「ヴィリはマーリンの女王だという話だが、王は国を守っているのか?」
「王は先のミュートの戦いで戦死し、現在は私がマーリンを率いております。嫡子もまだでしたので新たなる王を迎えるよう周りが煩くて」
うかつすぎる話題をふってしまった。
しなをつくりながら上目遣いに俺に返すヴィリ。なぜテーブルに乳をのせる。
咳をしながらワインを飲み、誰か助けてくれないかなと周りを見回すが、周りにいるのは俺を見続けるスルトと、不機嫌スイッチが入りかけているのか、暗い目で俺を見ているアーンスン、そして置物。
もうワインがすすむことすすむこと。
何も言えずにワインをがばがば飲む。
間が持たなくなりスルトに「スルトは今年いくつになったんだ?」と聞いたら、「14歳になり婚姻も可能となりました」と返してきた。
いや14歳はダメだろう。
特にお前は見た目小学生だし。
「俺の国では16歳からしか結婚は出来ないから、スルトはもう少し大きくなってからだな」
と、スルトの意味深な発現をスルーしようとするが、
「ではまず、婚約をしていただくという方法もあります」
生々しい単語を使ってかえされた。
いくら鈍い俺でもさすがに気が付いている。少なくともダーナとマーリンが俺を取り込もうとしていることに。それも王としてだ。
まあ分からんでもない。単騎で竜種と戦える存在と言うのは貴重だろう。またここ最近の戦いで戦果を挙げすぎた感もある。強い王は現在の各国の状況からも必用なのだろう。
しかし、だからと言って俺がそれに従う言われも無い。
「それも、すべて終わってからだな」
俺がそう言うとスルトは「そうですね」と言ってそれ以上は何も言わなかった。
意思表示だけしておきたかったのかもしれない。そしてそれはヴィリも同じだろう。
それからヴィリがアーンスンに異なる部族が一つの部隊となった苦労話など聞いたり、スルトもそれを興味深そうに聞いたりして場が和んだ。
俺はその内に食料と酒を胃に収めるようガツガツ食べて飲んだ。
ガイウスは結局最後まで置物のままだったが。
食事が済むとヴィリが「皆様戦いのあとでお疲れでしょう」と言って場はお開きになった。
俺とアーンスンとガイウスが退室する際、ヴィリが酒に酔ったのか俺にしなだれかかってきて腕に巻きついた。
「申し訳ありませんバアフン様」といってすぐに離れたが、その肉感が強烈すぎて俺はマーリンの王になりかけた。
すぐにアーンスンのかかとが俺の足を踏みつけて冷静になったが。
酔った振りだとしても少しラッキーだったなと考えていたらアーンスンに睨まれた。
最近俺は思うのだが、エルフの女は性格きつい気がする。