田所修造の場合 32
地面が震えるように揺れ、激しく吼える竜種共の悲鳴が辺りを包む。
俺に足を破壊された竜種共が、土煙を上げながら地に倒れる振動だ。
末期の悲鳴を上げて泣き叫ぶ竜種共。
目の前にあった竜種の頭を地面に縫い付けるように吹き飛ばす。
すでに戦いが始まってから大分経った。
そこらじゅうに竜種の死体が転がり、エルフの弓によって行動を制限された竜種共は俺の恰好の得物でしかなかった。
トロルの戦士達の盾も良く機能し、竜種共の動きを牽制している。
俺は弓の誘導によって戦場を駆け回り、標的を次々に破壊する。
走って標的に横から近づき足を破壊し、即座に次の目標へ走る。
竜種共はエルフの魔法がかけられた弓を嫌がり、注意がどうしても上空へと向く。
そんな状況では、とても足元をちょろちょろと動く俺を捉えきれない。
前線に取り付いた陸竜の一群を倒してから盾の中へ逃げ込む。
即座に回復担当の者が近寄ってきて、おれに回復の祝福をかけ、別の者が俺の顔を濡れた布で拭ってくれる。
F1のピットインしたマシンみたいだなと思いながら、視線を竜種共へと向ける。
やつらはエルフの矢とトロルの盾に防がれて行動を制限されながらも、続々と得物にありつこうと後方より押し寄せて来ていた。
数が多すぎる。
混成軍全体に疲労感が漂っているのを感じつつ、体力の回復具合を確認する。
「ガイウスっ!」と一声怒鳴ってから、前衛に取り付いている竜種めがけて走る。走り寄り弾き飛ばすようにイカリをカチ挙げて陸竜の頭を吹き飛ばす。そのまま走り隣の陸竜の足を破壊する。
他の陸竜が寄ってくる前に移動し続け、矢に気を取られている陸竜の足を次々と破壊して進む。
あっと言う間に行動不能になった陸竜が山となるが、混成部隊の敷いた前線は確実に押されていた。
相手の数が予想を超えて多いのだ。
じりじりと前線を押されており、今はもう建物が並ぶ街中まで前線が押し込まれている。
俺は相手がいくら味方を殺されてもかまわずに向かってくる様子に、恐怖に似た違和感を感じ始めていた。
いくら相手が獣だとしても、同族が片っ端から殺されていく中に突撃してくるだろうか?
捕食行動だけだと理解できない。
奴らが何か強制を受けてこちらに突撃しているように思えてしかたがない。
違和感の正体が分からず、焦れる思いで陸竜共を狩っていく。
俺の焦りとは別に、陸竜共は次々と死体の山を築いていった。
俺が陸竜共を狩っていると、混成軍の後ろのほうから叫び声が上がった。
軍後方に翼竜が群がっている。
陸竜に比べてその脅威度は低いが、数が多い。
エルフの矢が翼竜に集中し、陸竜への圧力が弱まった。
行動を制限されていた陸竜共が一度に駆け寄ってくる。
その数は20匹を越える。
さすがにこの数が一度に詰め寄ったら、盾がもたない。
だったら詰め寄らせない。
囮になるように奴らの進行方向から少し角度をづらして駆け出す。
俺を気にしながら進行速度を落とす陸竜共。
部隊に食いつかず俺に向かってきた3匹を迎え撃つ。
長い首で俺に喰らい付いてくる頭をイカリで吹き飛ばす。頭を吹き飛ばされた陸竜の体が仰向けに倒れ後方の2体の動きを阻害する。
動きが阻害されているうちに、右側の陸竜の脇へと駆け寄りすねを破壊する。
残りの一体を破壊するため後ろより駆け寄ろうとするが、後続が押し寄せてきていた。
弓の援護が無いとやはり厳しい。
押し寄せてきた陸竜共は幸運にも炎のブレスを一斉に吹きかけてきた。
間抜けに空いた口をイカリで頭ごと吹き飛ばす。
ブレスを吐くのを止め一瞬硬直した陸竜の足を破壊し、まっすぐに進む。
部隊は進行方向右手、まだ数匹しか食いついていないはずだ。
まだ余裕はあるはず。
立て続けに棒立ちとなった陸竜共の足を破壊する。
部隊を右手に見ながら陸竜の群れを縦断する形となり、何とか突き抜けた頃には息も切れ切れといった状態でほうほうの体で盾の中へと逃げ帰る。
荒い息が収まらず、たまらず座り込んでいると回復役があわてて駆けつけてきて俺に回復の祝福をかける。
口の中に溜まった竜種の血を唾とともに吐き捨てると、回復はまだ完了していないが、十数匹の陸竜が前線に取り付いているのが見えた。
回復役を振り切り走り出す。
俺が走り出したのに気が付いたガイウスが前線を下げる。
なおも前線に喰らいつこうとする陸竜めがけて、横から突っ込む。
足を破壊し尻の脇を通って、振り上げたイカリを次の陸竜の尻尾付け根めがけ振りぬけながらその下を潜る。
右手から食いついて来た陸竜の顔を篭手で弾き飛ばし、とにかく前線に喰らいついている陸竜めがけて突撃する。
早くも息が上がってきた。回復が不完全だったようだ。
しかし走るのはやめない。
矢が陸竜に射掛けられるのが見えたので、矢に従って陸竜に突っ込む。
矢の援護が戻ってきたので、とにかく前線に張り付いた陸竜どもを殺す。
足を弾き飛ばす。頭を吹き飛ばす。
まだ前衛に張り付いた陸竜をすべて片付けていないが、限界が来たため盾の中へ逃げ込む。
桶に入った水を頭からかぶり、回復の祝福をかけてもらう。
急速に荒い息が収まるのを感じながら、前衛に肉薄する竜種の姿が目に映る。
駆け出したくなる気持ちを必死で押さえるが、味方の悲鳴に血が沸騰しそうになる。
ある程度荒い息が収まると、前衛に群がった陸竜共に突っ込んだ。
前線が下がり、俺が陸竜共の横手から突っ込む。
陸竜は矢の牽制を受けている。
翼竜は始末できたらしい。
地響きと末期の悲鳴。
全身を返り血で濡らし、竜種を殺すことだけを考え、ただ次の標的に向かってイカリを振った。
◆
熱いお湯でカークスがせっせと俺を拭いてくれたが、竜種の血のシャワーを長時間浴び続けたため、髪からはいくら洗っても赤黒い液体が染み出し、耳の中や鼻の中など血の塊で酷いことになっていた。服は当然赤黒く染まり、下着までびっしょりと濡れていた。
痰を吐くと血が混じっている。気道にまで竜種の血が入り込んでいたらしい。
回復の祝福で体力は回復しているはずだが、疲労のため頭がうまく働かない。
竜種との戦いは長いこと続いた。
翼竜の群れの襲撃の際、一時的に押し込まれ、おれ自身もかなり危うい戦いを強いられることとなったが、翼竜を始末した後は特に危なくなることも無く陸竜を始末していくことが出来た。予想された最悪の展開、俺が竜種に囲まれるということも無かった。
こちらの被害は翼竜によってエルフの戦士が一人死亡したらしい。トロルの戦士はけが人が多く出たらしいが死亡者は出なかった。
ただ混成軍全体に濃い疲労の色が見える。俺も含めてだが、今回使った戦術は全軍で動き続けるためほぼ休憩することが出来ない。
動き続け、被害を抑えることができるが、今回のように長時間の戦闘となると体力的にかなり厳しい。
空を見ると太陽が少し傾いている。午前中から戦い始め昼過ぎまで戦い続けたらしい。
それにしても、やはり竜種の行動に違和感を感じる。
奴らは最後の一匹になってもこちらに向かって襲い掛かってきた。大勢いた仲間が皆殺しにされた状況でだ。
現在本隊が混成部隊に代わり防衛箇所を守っており、本隊の一部が竜種共を解体して運び出している。
何体倒したのかまったく分からない。後でガイウスが教えてくれるかも知れないが。
運び出される竜種共の死体を眺める。
異常な量だ。あんなに大きな肉食動物がなぜこんなにいるのか。
ボケた頭で竜種共の死体を眺めていると、ガイウスとアーンスンがやってきた。
二人とも疲れているのだろう、土色に濁った顔色となっている。
俺が使っている焚き火の脇に二人とも無言で腰を下ろす。
「今回の戦いは少し疲れたな」
二人に対して声をかけるとアーンスンが少し微笑みながら「少しなんてもんじゃなかったですがね」と返してきた。
「先ほど本隊と引継ぎをしてきたところだが、本隊が確認したところ今回襲撃してきた竜種の群れは300体ほどだったそうだ。前回全軍で戦った数を上回る」
ガイウスがやはり疲労をうかがわせる声色で語った。
通りで倒しても倒しても沸いてでてきたわけだ。
「明後日の朝まで本隊が混成部隊の防衛箇所を代わってくれる。今行っている負傷者の手当てが済んだら北にある練兵場へと移動する。そこで休憩を兼ねた待機となる。ただ今回倒した竜種の群れは間違いなく竜種の大部分に相当する。油断は出来ないがすぐに襲撃が行われる可能性は低いだろう」
それはありがたい。今は地面でも構わない、横になり泥のように眠ってしまいたくてしょうがない。
「出来れば今すぐにでも寝たいところだな」
俺がそう言うとガイウスは持っていた壷を俺に投げてよこし「どうしても寝たいならユミルの台車で寝ろ、後で運ばせる」と言った。
投げてよこされた壷は匂いを確認すると焼きワインの壷だった。
まさかガイウスが俺に酒をくれるとは思わなかったので「いいのか?」と聞くと、混成部隊全軍に今日のみ飲酒の許可が出たということだ。
急いで栓を開けて焼きワインをあおる。
のどを焼く感覚にたまらず声がもれる。
胃になじむ焼きワイン、また一口飲む。
俺の様子を見ていた二人が立ち上がり「お前はゆっくり休め」とガイウスが言い、「では駐屯地に到着したらまた様子を見に来ますからね」とアーンスンが言って離れていった。
ボケた頭で酒を飲み、酒の味だけがはっきりと頭に伝わってきた。