表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界より  作者: yoshiaki
33/81

田所修造の場合 31



「なんですか、その作戦は…」


目を見開き、怒鳴りたいのを抑えているのだろう。震える声でリジルがガイウスへ聞く。

俺は結局リジルへ作戦内容を伝えるのに、ガイウスへ付き合ってもらった。

格好悪いが、これなら感情的にならずにすむ。


配置箇所に駐屯している混成部隊へ到着した俺とガイウスとアーンスンは、部隊の主だったものを集め、明日からの作戦内容を伝えた。

その後、ガイウスに付き合ってもらいリジルを呼び出し、作戦内容をガイウスから伝えてもらっているところだ。


「戦況は現在までのところあまり良くない。現状とれる最良の作戦だ」


ガイウスが穏やかな声でリジルをさとすように言う。この男はこんなやさしい声も出せるのか。


「…最良…なんですか、その作戦が」


ガイウスが相手で、納得できていないだろうがリジルは強く言い返せないでいる。

汚いやり方だが、俺がリジルに説明してはお互い感情的になってしまうだろう。

リジルはガイウスを見ずに俺を凝視している。


「現状とれる最良の作戦だ」


ガイウスが繰り返す。


リジルは押し黙ったまま俺を見つめる。

リジルの中で色々なものが葛藤しているのだろう。俺に竜種を倒して欲しい。自分が俺を戦争に引き込んだ。俺に危ない目にあってほしくない。この作戦は納得できない。隊長相手に逆らえない。


俺はガイウスに「助かった。後は俺がリジルと話す」と声をかけると、ほっとした顔で頷き「では明日の手配があるので」と踵を返した。

よほどこういった役が苦手なのだろう、俺が声をかけると即座に離れていく様子から、考えていることが透けて見えるようだ。


ガイウスが去りリジルに向き直ると、リジルが声を殺して泣いていた。

次第に体全身を震わせ、だが声を殺したまま泣き続ける。

俺は黙ってリジルが泣くのを見守った。


しばらくしてリジルの体の震えが治まってきた頃をみはかり、


「リジル、よく聞け。俺は絶対に死なない。死ぬつもりも無いし、死にそうなことはやらない。ガキも俺の帰りを待ってるしな。だからお前も俺を信じて待ってろ。いいな」


と言うと、治まりかけたリジルの震えが酷くなる。

耐えかねたのか嗚咽をもらして泣き続ける。


「…私は自分が情けない」


リジルが震える声でそう漏らす。


俺が肩を撫でると、リジルは俺の胸に飛び込んできた。

俺の胸にしがみつくと、リジルは大声をだして泣いた。色々なものが、重く、この小さい体を押しつぶそうとしていたのだろう。


なんて世界だ。

こんな子供が、こんな思いをしなければならないなんて。


俺は飲み込めない固まりがのどにつっかえたような感覚を覚えながら、リジルの背中を、ガキにやるように優しく撫で続けた。




混成部隊はトロルとエルフにきっちりと分かれて野営している。

俺はリジルがある程度落ち着いてから、アーンスンのもとへ連れて行った。リジルは今までに無いくらい俺に従順で、大人しく従った。


リジルを送ると、俺は今までどおりトロル側で野営することとなっているので、トロル側へと向かった。

トロル側へ来るとカークスが俺を待っており、近づく俺に気が付くといそいそと近寄ってきた。


「バアフンさん、噂になってますよ、バアフンさんがエルフの若い子を泣かせたって」


声を潜めて俺に報告するカークス。

リジルが泣いているのを誰かに見られたか。


「ふん、言いたい奴には言わせておけ」


いちいちそんなことを気にする気分じゃないので、そうカークスへ言うと、どすんと焚き火のそばに腰を下ろす。


「それが、バアフンさんは副隊長とも怪しいって噂も流れていて…」


俺はカークスをじろりと睨み付けて黙らせる。


カークスはおどおどしだしたが、俺が「別にお前に怒ってるんじゃねぇ」というと静かになった。


そうカークスに対して怒ってるんじゃない。

誰かが泣くたびに、誰かが苦しんでる姿を見るたびに、俺の中にあるこの理不尽に対する不快感が抑えがたくなってくる。


2本に減った焼きワインの壷を腰から1本外し取り出す。

そのまま壷から焼きワインを直接飲む。一気に流れ込む熱の固まりが胃に落ちて行き、次第に体が熱くなる。

脇で俺を心配そうにしているカークスに、残りの一本を投げて渡す。

カークスは焼きワインを飲もうとせずに俺を心配そうに見つづけた。

立て続けに壷をあおるが、体ばかり熱くなり酔いは感じられない。

頭の中では依然として多くの泣き顔が張り付いて離れない。


口の端からこぼれ出すのも厭わずに、壷をあおる。

焚き火の向こう側を見ながら「皆殺しにしてやる」と、言葉がもれてしまう。


やっと酔いがまわってきたのかと焼きワインの壷を脇に置くと、カークスが俺の壷をひったくって一気にあおる。


「…僕達は情けない」


カークスは空になった壷を後ろに投げ捨てながら言った。

何を思ったか、そのままうつむくとまた泣き出した。


俺はぼけっと嗚咽を漏らしながら泣くカークスを見つめながら思った。

切れてる場合じゃないなと。


こいつの前で余裕が無い姿をさらした自分を情けなく思いながら「おいカークス、面白い技を教えてやる」と立ち上がりながら言って、カークスにズボンを脱ぐように命令する。

カークスは泣きながら嫌がったが、絶対に後で役立つと説得しズボンを脱がせると、ラハム直伝の森林大火災をカークスに伝授した。


カークスは燃えながら絶叫を発して、泣くのを止めた。


火災がおさまった後、カークスにずいぶん非難されたが「すまんすまん」と笑いをこらえて、二人で残った焼きワインを飲んだ。


焚き火を囲んで二人でくだらない話をしながら酒を飲む。

やれあの女は脱ぐと絶対にすごいとか、今度合流したエルフの中では誰が好みだとか、マーリンに移住するためにはどうしたらいいかとか。


ただでさえ酒は禁止らしいので、回りの者を起こさないよう声を潜めながらひそひそと飲む。

くだらない話になるとカークスの舌はよく回り、酒の勢いもあったのだろう、アーンスンが気になってしょうがないと漏らしていた。


「いや若い頃に年上の女に憧れるのは分かるが、お前とだと年の差が離れすぎてないか?」


とカークスをいさめるが、逆に


「バアフンさんは副隊長のことどう思ってるんですか!?教えてくださいよ!」


と俺にからみ始めた。

こいつ泣き上戸でからみ酒だと少し引いたが、すでに後の祭りでカークスが俺に絡み続ける。


でも、こんなのも悪くない。

俺はカークスのおかげで落ち着き始めた心を自覚し、若いカークスの相手をする。

焚き火の揺らめく光源に照らされながら、焼きワインをカークスとちびちび飲む。


たまには、こんな夜も悪くない。

自然と笑みがこぼれる俺に、カークスは執拗に絡み続けた。




混成部隊は配置された防衛箇所にて早朝より布陣をしき演習を行っていた。

配置された防衛箇所は壁がほとんど残っておらず、家屋も潰されてだだっ広い更地のようになっており、燃やされた家屋の残骸やらが少し残っているだけで、盾にできるような建造物も無い。


組まれた物見やぐらでは目のよいエルフが監視にあたっている。


トロルの戦士達は配られた盾を用いて、ガイウスの指揮のもと人の壁を作る練習行っている。被害がでた場合前線の戦士がすぐに後ろへと下がり、後方の戦士が出てきて壁を形成する。

後ろで回復要員が被害のでた戦士を回復する。


エルフの戦士達はトロルの戦士達の作る壁越しにアーンスンの号令に従って弓を集中させている。いつに無く厳しいアーンスンの指揮する声を聞きながら、俺は軽くイカリを振ってから屈伸運動などをして体を温めていた。


気力が充実しているのを感じる。

イカリの扱いはかなり上手くなってきており、竜種の殺し方も効率が良くなっている。


敵はこの世界を覆う理不尽そのもの。


息を大きく吸い、ゆっくり吐き出しながら演習を行っている戦士達を見る。

トロルの戦士達が作る壁は生き物のように動き、後ろから新しい壁が次々と出てくるようになっている。

やっぱり餅は餅屋だなとガイウスを見ると、どっしりと構えて戦士達を指揮している。

エルフの戦士達もトロルの戦士達とは比較にならない精度で弓を集中させている。


ここにいるすべての者達の思いが一つになっている。

竜種を殺すと。


物見やぐらがなにやら騒がしい。

どうやらようやく竜種が来たらしい。


俺はイカリを担ぐと、最前線へと向かって歩きだす。

トロル、エルフの戦士達の眼差しを受けながら最前線に向かう。

戦士達が俺に道を空け、俺は戦士達に包まれながら進む。


すべての者の思いは一つだ。


俺がこの理不尽を吹き飛ばしてやる。


俺は遠くに見え初めた土煙を見つめ、ゆっくりと最前線へと向かった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ