田所修造の場合 30
アーンスンはリジルのように怒りを撒き散らさずに溜め込むタイプのようだ。
謁見の部屋よりでてきてから、俺は無視され続けている。
ガイウスはあえて俺達の微妙な空気に触れないように黙りこくっている。
三人で建物から出ると「では合流のための準備を進めてきます」とアーンスンがガイウスに言って、部隊へと帰っていった。
もちろん俺なんか居ないような扱いのまま。
調子に乗りすぎたかと少し後悔したが、まあその内機嫌直すだろうとあくびを漏らすと「アーンスンと何かあったのか?」と不器用そうにガイウスが聞いてきた。
俺はガイウスを見てから「オークの女王の乳見てたら、すね蹴られた」と素直に言った。
「それは不敬だな」とガイウスがずれたことを返してきたが、面倒なので「そうだな」と返事をすると、ガイウスは特に何も言わず、俺達はそのままとぼとぼと先陣部隊の駐屯地へと向かった。
夕方駐屯地でユミルとカークスと3人で飯を食っていたらアーンスンが来た。
ガイウスを探している様子だが、奴は呼び出されて今は居ない。
アーンスンはまだ機嫌が直りきっていないのか、少し不機嫌そうに俺達のほうに近づいてくると、
「ガイウス隊長はどこへ行ったのですか」
と抑揚のない平坦な声で聞いて来た。
「呼び出されてどっか行ったぞ」
あえて何も無かった風を装い返事をする。
アーンスンは俺をじろっと見てから「そうですか」と言って「あんまりエッチなのもどうかと思いますよ、バアフンさん」と吐き捨てるように言ってから立ち去った。
まずったなと思いながら、追っかけるのも面倒だし、明日にでも謝るかと台車から持ってきた焼きワインのビンを取り出す。ユミルとカークスに「薬つきあえ」と言って焼きワインを注ぐ。
カークスは「副隊長に何をしたんですかバアフンさん」と心配していたが、「何でもない」と答える。カークスはなおも心配そうに「いくら副隊長が美人だからってちょっかい出すのはまずいですよ」といらない心配をしてきたので、「ちょっかいなんて出すか、アーンスンが小さいことに目くじらを立てているだけだ」と答えた。
ユミルは薬いらないと言ったが、この薬は元気になる薬なんだと言うと、脇でちびちびと焼きワインを飲みだしている。
「戦闘後は血がたぎるのも分かりますけど」とカークスはまだ誤解しながら酒をのんだ。
明日から隊が合流するのに、変な誤解されたままだと面倒なので、
「いや、だから違うんだって、オークの女王の乳を見てたらアーンスンが切れだしただけなんだ」
「オークの女王…あのヴィリ様ですか…なんか不敬な上に面倒そうですね…」
「やっぱりヴィリの乳見た後、アーンスンのと見比べたのが不味かったか…」
「…バアフンさん…それ不味いですよ、エルフの女性は美しい人が多いですが、胸にコンプレックスを抱えてる人多いんですから」
やっぱりそうなんだ。
「特にオーク族の女性は胸が大きい人が多く、エルフの女性は目の敵にしている人が多いんですよ」
「え、オーク族ってそうなの?」
「はい、かの一族の女性はすごいです。とくに女王のヴィリ様」
あれ、すごくマーリンに興味がでてきた。
その後カークスにマーリンについての情報を確認していると、不景気なツラをしたガイウスが帰ってきた。
「ちょっと来い」と呼び出された俺はマーリンの事で頭がいっぱいだったが、やむを得ずガイウスについて少し離れた場所に来ると、ガイウスが「はぁ」とため息をついてから話し出した。
「バアフン、お前今のニドベルク、ダナーン、ダーナ、マーリンの総戦力は把握しているか?」
「総戦力か?いや、俺が知っているのはニドベルクの3000とダナーンの1500だけだな、あ、あとダナーンの先遣隊が1000いるって聞いたな」
「そうか…ダナーンの先遣隊がダーナに到着した時は、ダーナは被害を受けながらも2500おり、マーリンからも2000の援軍がいた。この時点での戦力は合計5500だった」
なぜ過去形で話す。嫌な予感しかしない。
「それが俺達第二陣の援軍を除くと、現在1200まで減っている」
「え?5500が1200まで減っているのか?」
「そうだ」
ちょっと待て、被害率が80%近いって全滅寸前じゃねぇか。
「マジかよ…」
「戦士の士気に影響があるので、この話は隊長職に限定されているが、生き残りからいずれ漏れるだろう」
戦死者4300名という人数が、浮かれていた気持ちを一気に戦場へと連れ戻した。
「それに生き残りの兵士達はかなり精神的にやられており、すぐには使えんそうだ」
「…」
つまり、俺達第二陣のみで竜種を相手にしないといけないというわけか。
それにしても4300人も被害を受けていたとは。
謁見の際、そんな被害を受けた雰囲気は一切感じられなかった。
俺が鈍感だったのか?
俺が何も言えないでいると、
「今回のトロル・エルフの混成部隊設立は、もともとエルフ側から強い要請があった。しかし、トロル上層部とエルフ自身に強い反対意見を持つもの達がおり難航していた。それがダーナに入り、被害状況が判明したため一気に設立するという運びとなった。我々先陣部隊の活躍という後押しもあったしな」
ガイウスの俺を見る視線が強くなる。
「結成された我々混成部隊合計800名だが、今後今までよりも各自に掛かる負担は増えるだろう」
「…どういうことだ?」
「ダーナを守らなければならない。ニドベルク・ダナーンの第二陣4500名は各部隊をダーナの各防衛箇所に分散させる。そして混成部隊が配置されるのが、すでに防壁を完全に破られた場所だ。現在防壁が完全に破られている場所はこの一箇所のみとなっている」
篭城戦かと思ってたが、防壁無いんじゃ野戦と変わらない。
「混成部隊のみでか?竜種が現れたらどの位で援軍が駆けつけられるんだ?」
「援軍が駆けつけるとしたら、中央で待機しているニドベルク・ダナーンの本陣1300が来ることになるだろうが、他の箇所でも竜種の襲撃があるかもしれない。状況を見てからになるからすぐには来れんだろう…」
前回のように時間を稼げば援護がうけられるという話じゃ無い訳だ。
俺とガイウスがしばらく黙り込む。
「これから部隊は配置箇所へ移動する」
そういって部隊に戻ろうとしたガイウスへ声をかけ、前回の戦いの時より考えていた話をした。
「混成部隊となった。ガイウスの考えを聞く前だが、俺の考えを聞いて欲しい。ガイウス、俺をワントップで使ってくれないか」
「ワントップ…また一人のみで竜種を相手にするつもりか?死ぬぞ、お前」
人でも殺しそうな視線で、俺を睨みつけながらガイウスが言う。
「トロルの若い戦士達は、エルフが加わったことで弓を使う必要はもう無いだろう?そこでトロルの戦士達全員で壁になって欲しいんだ」
「壁?」
「ああ、部隊の荷物に全身が隠れそうな盾がけっこう積んであったろ?あれを全員に持たせて竜種を防ぐ壁になる。攻撃は俺とエルフ。俺はこれが一番良いと思う」
ガイウスは俺を心配してくれているのだろう。俺の考えを聞くと唸りながら押し黙った。
「前衛がトロル族全員で防御に専念し、後は前回の戦いと同じと言うわけか…」
「そうだ」
俺が返事をするとガイウスはまた押し黙る。
しばらくしてから顔を上げ、俺を見つめながら言った。
「上手くいけば良い手だ。だがお前がつぶれる可能性が高い」
俺はガイウスを見ながら
「今の先陣部隊の士気の高さは、一回被害を受けたらゼロになる可能性が高い。決して無理はしないと誓う。頼むガイウス。俺は俺の出来ることをしたい」
混成部隊はアーンスン達がいる。リジルもいる。トロル達にも見知った前衛達、ガイウスにユミル、カークス達がいる。
一人で全部背負うことは不可能だ。でもやれることは全部やりたい。
後悔は絶対にしたくない。
「頼むガイウス」
俺の言葉を受け、ガイウスは無表情で俺を見つめた。
◆
俺とガイウスが戻ると、アーンスンが待っていた。
アーンスンは俺を見てから、ガイウスに「ガイウス隊長、エルフ族は配置箇所へ移動しました。今後の戦闘に関して事前に確認をしたく来たのですが」と言った。
ガイウスは古株の戦士達に配置箇所を伝え、移動するよう指示を出すとアーンスンのほうに向き直る。
「混成部隊の戦術だが、これまで先陣部隊が使用していた戦術を若干変更して使う」
「…変更ですか?」
「トロル族が全員で盾となり、エルフ族が弓で攻撃し… バアフンが敵を崩す」
ガイウスの話を聞いたアーンスンは表情を引きつらせて、
「それは…」
と言葉に詰まった。
「状況が悪すぎる。賭けのような戦いとなるが、現状取れる最善の手だ」
ガイウスの言葉を受け、アーンスンは黙り体を震わせた。
アーンスンは顔を上げると俺を睨み「バアフンさんですね、この作戦を提案したの」と俺に言った。
「ああ、そうだ。だが勘違いするなよアーンスン。俺は死ぬつもりなんてこれっぽちもねぇ。危なくなったらすぐに盾の中へ逃げ込む。安全な作戦だ」
俺の嘘などアーンスンには通じなかった。
完全に表情が固まったまま、アーンスンは俺を見つめ続けた。
盾に逃げ込めればいいが、弓の援護だけでは盾の中まで逃げ切れない可能性がある。
その場合は竜種に囲まれるだろう。
最初の戦いの時のように援軍は間に合わないかもしれない。
だが俺も嘘だけをアーンスンに言ったつもりは無い。
俺はこの戦いで死ぬつもりなんて少しも無い。
絶対に生き残る。
俺は見つめてくるアーンスンから視線をそらさず、見つめ返した。
しばらく経つと、アーンスンが深いため息をつき「エルフ族でバアフンさんの逃げ道を絶対に確保します。それと、リジルへの説明はバアフンさんがしてくださいね」と言った。
俺は表情を崩し、
「それは嫌だな、アーンスン代わりに説明してくれよ」
と言うと、
「絶対にダメです。これはバアフンさん自身が説明する必要があります。絶対にダメですよ、バアフンさん」
そう言って笑った。
アーンスンの目に涙が溜まっているのが見えた。
俺はアーンスンから顔をそらし、ガイウスを見て「俺達も配置箇所へ向かおう」と言った。
ガイウスは無言で頷き、三人で夜の道を配置箇所へ向けて歩いた。
ダーナは戦争中ということもあり、夜は火の気が無い。
真っ暗な夜道を黙って歩き互いの足音を聞く。
状況は厳しいが、俺は絶対に生き残る。
俺はここぞという時は自分の考えを押し通す、この頑固さがお袋に親父に似ていると言われる所以かもしれないと苦々しく思いながら、それでもそうせずにいられない、矛盾のようなものを抱えて夜道を進んだ。
俺は結局アーンスンの顔を配置箇所に到着するまで見ることが出来なかった。