田所修造の場合 29
竜種の群れを殲滅した混成軍は、そのまま陣容を整えながらダーナへと入った。
戦いの結果は先陣部隊の前衛2名が戦死し、10名が怪我をするという被害に抑えられた。
他の部隊には被害が無い。
ガイウスは怪我くらいトロルにはどうと言うことも無く、すぐに直ると珍しく機嫌よさそうだった。
戦死者が2名というのがこれまでの戦いではありえないことであり、奇跡だと俺の元に戻ってきたカークスが興奮しながら語った。
俺もカークスや機嫌の良いガイウスに合わせながら頷いたりしていたが、戦死した2名のことと、泣きながら抱き合っていた前衛達の姿が頭に浮かんでしまい、鬱々とした心情を隠すので必死だった。
軍がダーナへと入ると、大歓声が俺達を迎えた。
先陣部隊は各自頭を挙げ、表情を引き締めて街中を進んでいるが、喜びが隠しきれないのだろう。時折顔が緩んでいる者が何人かいる。
部隊はそのまま国の北側にある練兵場へと進んだ。そこに先に派遣された1000名のエルフの先遣部隊やオーク族の援軍、パックル族の戦士団が駐屯しているとのことだった。
練兵場に到着すると、駐屯していると聞いた戦士団はほとんどいなかった。
まだ昼間なので見回りにでているのだろうとカークスが言ったが、嫌な予感がした。
トロル・エルフの混成軍は練兵場に到着すると、駐屯するための準備を始め、パックル族の者達より昼餉を振舞われた。
良く煮込まれたホワイトソースの肉入りスープと、トマトのようなものと和えられた肉の炒め物、ふっくらと柔らかい暖かいパン。
まず行軍中には拝めないご馳走だ。しかもいくら食べてもいいと言う。
はっきり言って見苦し過ぎるほどにがっついて、スープなど5杯もおかわりをもらってしまった。
ぽっこりと膨らんだ腹を撫でながら、装備すべてを外して身軽になった体で地べたに寝っころがる。
今、本当に幸せかもしれないと感じて寝転んでいると、カークスの俺を呼ぶ声が聞こえた。
しかし、半分眠りかけており、面倒なのもあって無視していると「バアフンさん!」と聞き覚えのある声が耳元で叫ばれた。
リジルだった。
上半身を起こし振り返った俺を見下ろすリジル。
リジルの後ろにあわあわしているカークスが見える。
状況を理解し、「おっす」と軽く挨拶をしてみる。
鬼の表情で俺の挨拶はスルーされた。だめだったらしい。
ふぅーと大きく息を吐いたリジルは
「ニドベルクの先陣部隊の活躍と勇者バアフンの大活躍。各翼の部隊が陣形を整えるまで、竜種の攻撃を一手に引き受け、守るばかりか片っ端から竜種を屠っていったらしいですね。今トロル・エルフの全部隊その話題でもちきりです」
と俺に言った。
低い。リジルの声が低い。
「勇者ってのは言いすぎだろ。先陣部隊が活躍したってのは間違いないが、意外に楽勝だったぜ今回の戦い」
俺は何てこと無かったと、無茶していないことを先陣部隊を立てることでアピールしてみた。
「全部バアフンさんのおかげなんです!僕達トロルの若い戦士達に説教してくれて、いざ戦いになったら守ってくれた。本当に全部バアフンさんのおかげなんです」
後ろからカークスが、泣きながらリジルに訴えた。
お前の気持ちは嬉しいのだが、今のは謙虚で言ったわけじゃなく怒りの矛先をだな、
「バアフンさんはわざと僕達に厳しく接して、今まで嫌がって誰も使おうとしなかった弓や投槍を使えと、竜種と戦って生き残れと言ってくれたんです!僕たちを後ろの安全な場所で援護にまわし、自らは一人で竜種の群れに突っ込んで行った。バアフンさんが勇者じゃなかったら勇者っていったいなんですか?だってそうでしょう!?自らは返り血で真っ赤になって、殺されかけたばかりの竜種に突っ込んで行くなんて!そんなことバアフンさんにしかできない…」
カークスがおいおいと泣きながらリジルへ訴えた。
気持ちは嬉しいが、完全なありがた迷惑だ。
リジルの背中に背負った炎が目に見えるようだ。
なんか効果音まで聞こえてきそうなくらいの怒りをたたえたリジルに睨まれ続ける。
俺は打つ手が無く、リジルに睨まれ続ける。
いつの間にかトロルの戦士達が遠巻きに俺達の様子を伺っている。
これは詰んだなと思った。
「バアフンさん、私言いましたよね、無茶しないでって、言いましたよね?」
「…言ってたな確か」
「言ってたなじゃないです!言ったんです!何で人の話を聞かずに無茶ばかりするんですか!!どれだけ私達が心配したと思ってるんですか!!だいたいですね!前回の戦いの後だってどれほどみんなバアフンさんのことを心配したか…」
予想通りリジルの怒りが爆発した。
自然と正座の体勢となりリジルの怒りを浴び続ける。
もうこうなったらどうしようもない。相手の怒気が尽きるのを待つしかない。
正座で怒られるなんて、高校のとき喫煙で教師につかまって以来だなとぼんやりと思い出す。
「聞いているんですか!」
気がそれた瞬間にリジルの怒声が俺に飛ぶ。即座に「はい聞いてます」と答えて、ぐちぐちと続くリジルの怒りを黙って聞く。
トロルの若い戦士達が、怒られる俺を驚愕の表情で見つめている。
不思議だろう。だが理屈じゃないんだ女って奴は。完全に気分の生き物だからな、こいつらは。
またリジルから怒声が飛び「はい聞いてます」と答える。
トロルの若い戦士に見つめられながら、俺は怒られ続けた。
リジルが神のように思えたことが遠い昔のことのようだ。
相当溜め込んだのだろう。リジルの怒りはなかなか収まらず、俺はかなりへこんだ。
リジルが俺に、
「もうバアフンさんが無茶できないようにアーンスン隊長が動いてますから、バアフンさんは大人しくしててくださいね!分かりましたね!!」
と言って俺を解放し、隊に戻って行った。
アーンスンが動いているというのがよく分からなかったが、長時間怒られたので気分がすぐれず、俺は地べたに座り込んだまま余計なことを考えるのをやめた。
横でカークスがまだ泣いている。
もうお前がなんでそんなに泣いてるかわからん。
「何だ、これは」
顔を上げるとガイウスが俺とカークスを見下ろしていた。
「いや、なんでもない。カークスはよく分からんが」
俺がそう返すと「むうぅ」とガイウスがうなった。
嫌なところを見られて俺が黙っていると、
「ニグリス様がお呼びだ。ダナーン王、ダーナ王女、マーリン女王もいらっしゃっている」
今後のことについてでも話すのだろうか?まあもうどうでもいいが。
俺を急かせるガイウスに王達が待つという場所まで連れて行かれた。
もうなんか本当にどうでもいい。
どうにでもしてくれ。
ダーナの街中を少し歩き、中央部にあるモスクのような丸屋根の建物へ到着すると、各国の親衛隊が待ち受けておりガイウスと俺は中へと導かれた。
建物の中に入ると、背の低いパックル族の女達に引っ張って連れて行かれ、身包みを剥がされ湯浴みをさせられた。
パックル族の女達はせっせと俺を洗い、自分で洗えると抵抗しようとしたが、気力がわかずされるがままになった。
髭を剃られ、体を拭かれ、真新しい服を着せられ、髪をとかされ、あっと言う間にボロボロだった俺が新品みたいになる。
姿見での確認を済ませられると、女達に「謁見の間にて王達がお待ちです」と言われ、また引っ張って連れて行かれた。
頭が思考停止した状況で連れていかれていると、大きな扉の部屋までたどり着く。
女達は下がり、大きな扉がゆっくりと開かれた。
部屋は謁見の間と言うだけあり天井が高く、広いつくりとなっていたが、中に大勢の人間がおりごみごみとした感じだった。
パックル族の親衛隊っぽい男に導かれて中央に進み出る。
見知ったダイモーンやその後ろに控えるアーンスン、ニドベルクのニグリスなどがいる他、上座に見知らぬ少女が座っており、そのほかにも知らない者が大勢いた。
何故か俺は王達の前に突き出され、みんなに注目されていることもあり非常に居心地が悪かった。
大勢の視線がすべて俺に集まる中、まさかニグリスについた嘘をここで掘り返されるんじゃないだろうなと、俺はひやひやした。
何とか言い逃れる案を考えていると、ダイモーンが口を開いた。
「バアフン、おぬしの此度の働き、誠にもって見事であった。こちらのお方は現在ダーナを統べるスルト王女じゃ」
「勇者バアフン殿。此度はわが国の危急に駆けつけて頂き、心よりお礼申し上げます」
ダイモーンに王女だと紹介され、なかなかしっかりした感じで礼を言った少女に対し「ああ」と素で返してしまった。
いくら気力が無いと言ってもこれはまずいと「いや、礼にはおよびません」と慌てて取り繕う。
「ふふ、そなたの先日の話し方は不自然であったが、素の話しかたのほうがそなたに合っているな」
相変わらず、綺麗な顔をしたニグリスが笑いながら俺に言った。
ニグリスは含んだような笑顔で俺を見つめてくる。
ちゃんとフォローしたんだろうなとダイモーンを見るが、俺が視線を向けると明後日の方向を見てとぼけてやがる。
ダメだ。多分じじいフォローしてねぇ。
じじいへの怒りで気力が復活してきたが、なんかもう面倒になってきたので、
「ああ、前回の時はどうしても先陣部隊へ加えて貰いたかったからな。猫被った」
もうどうでもいいやと、素でニグリスへ返した。
ニグリスはころころと笑い、
「猫を被ったとは面白い言い様だ。どういう意味なのだ?」
「いい子の振りしたって意味だ」
俺がそう言うと、ニグリスはまたころころと笑った。
随分機嫌がよさそうだ。というか、笑い声を聞いているとこいつ女なんじゃねぇか?と疑問がよぎる。
「ニグリス殿、私にも勇者様を紹介していただけますか?」
俺がニグリスを疑っていると、ニグリスにニグリスの隣にいた女が話しかけた。
俺はニグリスに話しかけた女に、この世界に来てから一番女という印象を強く受けた。
胸がでかいのだ。
アーンスンやリジルではありえない、いや比べるのも失礼なレベルだ。
反射的にアーンスンを見てしまい、俺の視線に反応したアーンスンの笑顔が引きつるのが分かってしまった。
「ヴィリ殿、こちらが先の戦いで竜種共を蹴散らしてくれた勇者バアフン殿だ。バアフン殿こちらの方はマーリンを統べられる女王ヴィリ殿だ」
どうしても胸にいきがちになる目線を気にしながら、「どうもバアフンです」と素のまま答える。もう面倒くさいのでこれで通すことにする。
俺の適当な挨拶を受けた女王は、気にしたそぶりを見せず上品に笑いながら「無骨な戦士殿らしい話し方ですね勇者様」と続けた。
年齢は俺と同じくらいか?あまりの破壊力に、長すぎる禁欲生活がたたりこみ上げてくるものがある。
俺がリビドーに抗しかねていると、いつの間にか俺の脇に移動してきたアーンスンがニコニコと笑っている。
笑顔のアーンスン。目を見るとまったく笑っていなく、冷え切った感情が読み取れた。
一気にリビドーが消し飛び冷静になる。
冷や水を浴びせられたようになった俺にニグリスが、
「此度の戦ではそなたの活躍により、我が一族の被害を抑えられた。そなたには礼を言っても言い尽くせぬ。何か望みがあれば私に言ってくれ。そなたが望むのなら何でもかなえてみせるぞ」
俺の手をとりながら、俺の目をひしっと見つめてそういった。
こいつ本当に女なんじゃ、いやそれよりアーンスンがリジルみたいになってる。脇からのプレッシャーが酷い。
俺がうろたえていると、じじいが「ニグリス殿、バアフンが困っておる。とりあえずそのくらいにして今後の話しをしたいのじゃがどうかの」と救いの手を差し伸べてくれた。
じじいにそう言われたニグリスが「それもそうだ。ダイモーン殿、では話を進めてほしい」と俺を解放した。
「今回の戦いで、トロル族の戦士ガイウスが率いる先陣部隊が弓で竜種を牽制し、バアフンがその隙に竜種を倒す戦法で多大な戦果を挙げた。これまで我々は、己が種族ごとに部隊を分けていたため、種族ごとの特性を生かしきれなんだ。ガイウス隊が取った戦法はこれまでのつまらない慣わしを打ち破るものであり、これから我々は古い考えを捨てる段階に入ったことを知らしめる出来事であったと、わしらは理解した」
じじいがゆっくりと厳かに話し始める。
「そこで此度の結果を受け、我らダナーン・ニドベルク・ダーナ・マーリンは種族の壁を越えた部隊の設立をすることに同意し、まずガイウス隊と我がエルフのアーンスン隊を合流させ一部隊として運用してみることにした。隊長ガイウスをトップとし、副隊長にアーンスンを置く。バアフンには両種族を一つにするよう手伝いをして欲しい。おぬしにはすまんと思うが頼まれてくれるかの」
ぜんぜんすまないと思ってなさそうに、じじいが俺に言った。断わられるなんて微塵も考えていないのだろう。
「…ああ、かまわない」
自分自身の生存率を上げるために願っても無い提案だったが、じじいの態度がしゃくに障るのと、合流する部隊がアーンスンの隊というのが引っかかり、ためらいながら返事を返す。
じじいはそんな俺の態度を意にかえさずにそのまま続けた。
「バアフンも引き受けてくれたことだし、隊の運営はガイウスに一任する。ガイウスはアーンスンとバアフンとよく相談して隊の運営を行うのじゃ。よいの」
ガイウスとアーンスンはじじいに答礼を返し、俺は何となく面白くなかったのでオークの女王の乳を見てた。
じじいが「ではお前達は下がってよいぞ」と言うと、ガイウスを先頭に俺とアーンスンが下がる。退室する際アーンスンにすねをを無言で蹴られ、あまりの痛さに悶絶しそうになったが、格好をつけてなんでもないようなフリをした。
俺は痛むすねを堪えながら、これから生存確率は上がるかもしれないが俺の精神がもつのか不安に思い、謁見の部屋を後にした。