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異界より  作者: yoshiaki
30/81

田所修造の場合 28

ダーナに向けて行軍を再開したトロル・エルフの混成軍はダーナが視界に入る位置まで来ていた。


ダーナは北にミュート、西にマーリン、南にダナーンへと続く交通の要所だが、平地にあり交通の便が良い立地は、逆に言うと攻め込まれやすい。

ダーナの国の様子を伺うと、戦争そのものを想定していなかったのか、国を守る防壁は低く、ところどころ煙を上げている。

ダーナへと近づくにつれ、戦いの痕跡が多く見受けられるようになった。


その最もたるものが鳥だ。

そこらじゅうに飛んでおり、たまに地面に群がって何かをつばんでいる。

竜種のおこぼれにありついているのだろう。

その異常な数に被害の程を嫌でも知らされる。

そして鳥達はダーナの国の中にも多く飛んでいた。


ダーナを目前にし、トロル・エルフの混成軍は丘の上に布陣した。


ダーナの近くに竜種の群れがいたためだ。

竜種は数が多く、一体何匹いるのか皆目検討がつかないほど集まっており、こちらに対して注意を払いつつも動こうとはしなかった。

竜種が集まっている付近の防壁は酷く損害が出ており、煙が立ち上っている。

恐らく腹がいっぱいなのだろう。


鳥が群がるダーナを見下ろしながら、俺はイカリを握り冷えた心で奴らを見下ろした。


先陣部隊は竜種の群れを目の前にし、取り乱すことはなかったが余裕も無かった。

誰もが竜種を気にしながらぎこちなく動いている。

時刻は既に夕方で、竜種どもはダーナより少しはなれたところで群れて休憩している。

竜種は夜行性では無く、よほどの空腹状態でなければ夜間捕食行動にでないという。

ただし竜種の目の前を進軍しダーナへと入ることは不可能だろう。

竜種とお見合いしながら丘に布陣した混成軍は、野営の準備を始めそちらこちらで炊き出しの煙が上がっていた。


俺が竜種の群れを見下ろしていると、軍議より帰ってきたガイウスが近寄ってきた。


「予想はしていたことだが、あまり良い状況ではない。ダーナはまだ持ちこたえているが時間の問題だろう。こちらの位置も悪い。ダーナに入れないため草原で竜種とぶつかることになる。相手はただの獣の群れのため戦線が広がりすぎる可能性があり、戦線がこちらの許容範囲を超えるようなら軍が瓦解する可能性さえある」

「夜襲はかけられないのか?」

「相手は夜行性では無いとは言え野生の獣だ。夜目も効き、下手に夜襲をかけると状況が把握できなくなりかえって収集がつかなくなる可能性が高い」

「軍議ではどのように戦うか決まったのか?」

「早朝竜種を押し包むようにして半包囲殲滅はんほういせんめつすることとなった」

「竜種を半包囲する?出来るのかこの戦力で?」


ガイウスは俺の問いにすぐ答えず、しばらく間を置いてから答えた。


「正直な話、難しいだろう。だが包囲して相手の行動範囲を制限せねば、戦線がどこまでも広がってしまう」


「俺はどう働けばいい?」


「お前には先陣部隊の前衛とは別で動いて欲しい。お前と前衛が交代で敵正面を押さえる。その間に他の部隊が両翼から包囲陣を敷く」


俺がガイウスに「分かった」と答えると、ガイウスは部隊に指示を出してくると俺から離れていった。

俺は焚き火の火を見つめながら、明日の早朝の戦闘に思いをよせる。

援護さえ機能すれば竜種の足を砕くことに専念できる。部隊に被害を出さないように竜種の足を食い止める。

やれるはずだ。


カークスが磨いてくれたため、焚き火の火に対し鈍く輝くブレストプレートをなでる。

竜種が動き出した場合、すぐにでも対応できるよう各自鎧着用で休息をとっている。

カークスは援護部隊にまわったので今はそばにいない。

カークスが部隊に戻る前、「お前は絶対に生きて祖国にもどす」と声をかけた。

カークスは表情の無い顔に無理やり笑みを浮かべて、何も言わずに去って行った。


イカリを握り締めて、俺は焚き火の火の揺らめきを見続けた。




早朝の草原は空気が澄んでおり、空がうっすらと明るくなり始めていた。

まだ暗いうちから戦闘の準備を始めた軍は、現在部隊ごとに整列し、竜種への進軍の号令を待つのみとなっている。

少し肌寒く、朝日が弱弱しく差し込む薄暗い丘の上。

周りの戦士達は緊張に顔を引きつらせ、一様に眼下にいる竜種を見つめている。


お互いの吐く息のみが場に響く中、王たちより号令の声があがる。

王たちの号令を受け、ガイウスが先陣部隊に進軍の号令をかけると、部隊はゆっくりと進軍を始めた。


俺は全軍の先頭でイカリを担ぎ竜種へとゆっくり進む。

軍の進軍を受け、竜種たちも起きだし鎌首をこちらに向けている。

時折唸るような声をあげて威嚇をしてくる。


俺は竜種共を見つめゆっくりと息を吐いた。

気負いはない。

今までで一番落ち着いているかも知れない。

若い戦士達は大丈夫だろう。俺と古株の戦士達できっちりと仕事をすれば、大丈夫なはずだ。

それに後ろにはガイウスがいる。


イカリをぎゅっと握り走り出したくなる気持ちを抑える。

竜種共は完全に戦闘体勢となっており、今にもこちらへ走りかかってきそうな様子だ。

もう一度大きく息を吐く。


竜種との距離が1kmも無くなった頃、一頭の竜が頭を空へと向けて吼え声を上げた。

続いて竜種の群れが吼え声を上げ、空気が揺れた。

あまりの迫力に、自然と軍が歩みを止めてしまう。

立ち止まった軍に向け、竜種共が一斉に走りだした。竜種の群れは大きな土煙を上げながら一気に距離を詰めてくる。

ガイウスが号令を出し、弓隊が竜種共へ狙いをつける。

前衛の俺達は己の得物を構え、各自竜種を迎え撃つようにどっしりと構える。

位置的には、此方が高所を取っており多少は有利な状況となっている。


「撃てぇ!!!」

竜種が射程に入り、トロル先陣部隊の弓隊より一斉に矢が放たられる。

トロルの弓は一部鉄で補強された大型で強力なもので、放たれる矢も太く大きい。

エルフのように魔法がかけられた矢は少ないが、次々と矢が竜種へ放たれ竜種の足が鈍る。

そのまま矢を射かけ続け、それでも竜種がにじり寄ってきた時、「バアフン!」と叫ぶガイウスの声が聞こえた。


声を受け、俺は部隊より飛び出す。

そのまま目前までせまっており、矢が多数刺さった陸竜の足元に駆け寄ると、すねへ向けてイカリを振り抜く。

隣の竜種へ駆け寄り、矢に気を取られている陸竜の足を破壊する。

そして、弓隊の矢が後続の陸竜に向けられているうちに足元へ駆け寄り、立ち止まっている陸竜共のすねを足を破壊してまわる。

立て続けに地響きを上げ竜種が倒れる中、上空を見て矢が射掛けられている方向を確認する。確認するとすぐにそちらの方向へ駆け出す。

事前に矢が射掛けられている陸竜へ向かうようガイウスより指示を受けていた。

「矢が当ったらどうするんだ?」と聞いたら「頭を狙うように言っているので多分当らん」と返された。


矢が集中している陸竜に駆け寄り、即座にすねを破壊する。そのまま隣にいた陸竜が大きな顎を開けて噛み付いてきたので、イカリより右手を離し思いっきり殴りつける。

口先を破壊され血を撒き散らしながらのけぞる陸竜の足元へ突っ込みすねを破壊する。


ガイウスの俺を呼ぶ声が聞こえた。

急ぎ先陣部隊までかけ戻ると、待機していた回復役のトロルの女に回復の祝福をかけてもらいながら水を口に含む。水は少しだけのみ、後は口をゆすぐだけにする。

口の中の水を地面へ吐き出すと、トロルの前衛が竜種共の足元で立ち回っているのが見えた。

体力の回復はすんだ。「ガイウス!」と俺が叫ぶと「行けぇ!」と指示が下りる。

すぐに駆け出し陸竜の足元で踏ん張っている戦士達に「下がれ!」と声をかける。

戦士達が引くと陸竜共が矢を気にしながら接近してきた。

走り続け俺めがけて噛み付いてきた陸竜の頭をイカリで吹き飛ばす。

急いで横に転がりながら移動し、頭が無くなった陸竜の倒れる体をやり過ごす。

体勢の崩れた俺に2匹の陸竜が接近してくるが、弓が邪魔をしてくれている間に体勢を立て直し、懐へ飛び込みんで2匹立て続けにイカリを振り回して足を破壊する。

飛び込んだ勢いでそのまま駆け抜け、後ろから突っ込んできている陸竜に向かうと弓の援護がすぐに飛んでくる。

懐に飛び込んですねを破壊する。そしてそのまま駆け抜けて部隊の前衛の方を確認すると、陸竜の死体を盾に上手く立ち回っているが、かなりの数の陸竜が取り付いている。

即座に前衛のほうへ駆け、手前にいた陸竜の足の腱を破壊して、走り去りながら隣の陸竜のすねを破壊する。

振り上げたイカリは陸竜共の血肉にまみれ、振るうたびに赤いしぶきを上げる。

前衛に取り付いている4匹ほどに突っ込み、弓の援護を受けながら足を破壊してまわる。

体全体を使うようにイカリを振り回し、一度後ろを向き横へイカリを振りながら一回転する。

派手な爆発音を立てながら陸竜共の体の一部が次々と吹き飛ぶ。

血煙というか血の豪雨のような状況で、とにかく一箇所に留まっていないように走り続ける。

上空を見あげると、次の目標に向けて弓が射掛けられていた。目標の陸竜を確認すると、全力で走り寄りイカリを振り抜く。

イカリを振ることに慣れて来た。荒い息で倒れる陸竜から走りさりながら感じた。

またガイウスの俺を呼ぶ声が聞こえたので、急いで前衛部隊へ戻る。


先ほどの女がまた回復の祝福をかけてくれ、血で濡れた顔を拭いてくれ水を飲ませてくれた。

すぐに体力が回復し、また前衛に取り付いている陸竜にめがけて飛び出した。

俺が到着し陸竜の足を破壊し始めると前衛が下がる。

だんだん陸竜の足を壊すのに慣れて来た。コツを掴んだというのか、こいつら陸竜は横から接近されすぎると何も出来なくなる。その隙に足を破壊する。

破壊した後は飛び去りながら次の標的を示す矢を探す。

すぐに矢が集中して動きが鈍くなっている陸竜が確認できる。駆け寄って足を破壊し倒れてくる陸竜の体を避ける。

大分倒された陸竜たちの体が防壁となり、戦線を限定しやすくなってきた。

前衛たちに取り付いていた3匹の陸竜に横から突っ込み足を破壊してまわる。


俺や前衛たちに倒された陸竜たちは、そのほとんどが足を破壊されただけで生きているが、足を破壊された衝撃と出血によりほとんど動けなくなっている。

また体の構造上、足を破壊されると首をもたげるくらいしか動けなくなる。


前衛達、弓隊、それに俺と指揮をとっているガイウス。

それぞれがコツを掴み始め、前線に余裕が出てきた。

俺が休憩を挟みながら陸竜の足を破壊してまわる。前衛が俺の休憩中一時戦線を維持し、部隊に取り付かれないよう竜種を牽制けんせいする。弓隊は竜種に弓で牽制を行い、特に俺や前衛が取り付いた陸竜に対して注意をひきつける。ガイウスが前線全体を見て逐次指揮をとる。

動きを制限され、次々と仲間を倒されていた竜種たちが怒りの咆哮を上げる。

俺達先陣部隊へ突撃してこようとするが、仲間の死体のせいで進路が限定され俺や前衛達に抑えられる。


もう何匹倒したか数え切れなくなった頃、布陣の終わった味方より雨のような矢が降り注いだ。

断末魔の絶叫を上げ、次々と倒れる竜種共。

魔法の矢は威力が高く、牽制がやっとだったトロルの矢とは比べ物にならず、次々と竜種が沈黙していく。

包囲陣が完成してからは一方的な戦いとなり、俺は前衛達と時折飛び出してくる竜種を狩るだけとなった。

動きを封じられた竜種共は魔法の矢に一方的にやられていく。

先陣部隊が余裕を持ち始め、その内此方には竜種がやって来なくなった。


しばらくして遠くから歓声の声が上がった。

どうやら終わったらしい。


先陣部隊も全員が歓声を上げた。俺も吼えた。

生き残れた喜びで体が熱くなる。


前衛達が抱き合って泣いているのが見えた。頭が熱くなる。

後ろを見ると先陣部隊の真ん中でガイウスが吼えていた。

俺ももう一度吼える。

弓隊が歓声を上げながら泣いている。


感情が抑えきれなくなり吼え続ける。

戦勝の熱気によって、俺達は生き残った実感を味わいながら空に向かって叫び続けた。


気が付けば日も高くなり、真っ青な空が俺達を包み込んでいるようだった。




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