田所修造の場合 27
頬を抑えて涙眼になっている若い戦士を横目に、新しい篭手の具合を確認した。
持ってきてもらった篭手は相手を殴りつけることを想定されたもので、拳を守る部分が分厚くなっておりこれなら竜種を殴りつけてもすぐに壊れることはなさそうだ。
イカリを持っても篭手はじゃまにならないし、良い物もらったとイカリをぶんぶん振り回していたら、篭手を持ってきた若い戦士が真っ青な顔して震えていた。
情けなく思い、
「てめえぇ!戦士のくせになんてツラしてやがる!」
軽く活を入れると、若い戦士は小さく飛び上がってそのまま逃げ去って行った。
いくらなんでもこれは酷いんじゃないのか?
そう思いガイウスを見ると、面白くなさそうな顔で横目に若い戦士が逃げ去って行った方向を睨み付けている。
「いくら竜種と戦うのが初めての若い奴って言っても、酷すぎるんじゃないか?」
ガイウスはムスッとした表情で、
「今の先陣部隊、いやトロルの戦士団の半数以上が戦いの経験がまったく無い。あいつも戦士と言っても武器を握って数ヶ月の素人だ」
「それにしてもお前が指導するとか方法はいくらでもあるだろ?」
「今の若いトロルはプライドだけ一人前で、少しきつい事を言われると逃げ出しかねん。前のミュートでの戦いで全滅に近い被害を受けたのが痛かった。経験ある戦士の大部分が戦死したため、大量に入ってきた若い戦士に対し、気を使わなければすぐにでも軍が崩壊してしまうような状況となってしまっている。バカバカしい限りだが」
そう言えば昼飯を食っている時、ガイウスは俺と一緒に食事をとり若い戦士達からは離れていた。移動中もガイウスの周りは若い戦士達が近寄ってくることは無かった。
ガイウスは若い戦士から距離を置かれているように思える。俺だけじゃなく、古株の戦士達と若い戦士の間にも溝があるってことかもしれん。
弱そうな軍隊だとは感じていたが、改めて聞くと本当に酷い。
そんな状況で竜種との再戦に挑もうとしていたのかとあきれてガイウスを見ると、「ふん」と言ってガイウスが顔を背けた。
一番あきれているのは古株の戦士達自身なのかもしれないな。
ガイウスから顔をそらして前を見つめながら聞く。
「出発までどのくらいだ?」
「まだ少し時間がかかる」
「戦いの話だが、トロルは接近戦の得物ばかり使う奴が多かったが、弓や遠距離から攻撃できる武器は無いのか?」
「トロル族の戦士は近接戦闘こそ戦士の戦い方だとの認識が強い。トロル族専用の強弓や投槍の準備もあるが、古株の戦士くらいしか使うものが居ない」
「…遠距離攻撃のあるエルフが後詰と言うのが痛いな。遠距離からの援護が無いというのは、さっき戦った感じ厳しいと思う」
「昔からのしきたりのようなものだ。各種族で部隊を分けるため、どうしても援護を受けるまでに時間がかかる」
「しきたりねぇ…」
弱い上にがんじがらめとは。なんとも最悪この上ない陣容だ。
「エルフを部隊に入れるか、トロルの若い奴らに遠距離から攻撃できる武器を持たせるか出来ないのか?」
「…エルフを入れることは非常に困難だ。若い戦士以外にも上層部がまず同意しないだろう」
「じゃあ若い奴らには遠距離からのサポートをさせよう。竜種の突撃を俺と古株達で足止めをする。お前が指揮をして若い奴らを抑える。どうだ?」
「それが出来ていれば初めからそうしている。トロル族でも特に若い戦士達は遠距離用の武器など、まず使おうとはしない」
「でも、今なら大丈夫だろ?」
「…」
黙って俺を見つめるガイウス。
俺もガイウスを見つめる。
「カークスをスケープゴートに使う」
「スケープゴートとは何だ?」
「俺の国の言葉で『生贄の羊』って意味だ。正確には違うが、カークスを使い若い戦士達に己がいかに弱くて惨めな存在なのか知らしめる」
ガイウスは難しい表情をしたまま、
「軍全体の士気に悪影響をあたえるのでは?」
と聞いてきた。
「少なくとも、今以上に悪い状態にはなりようがねぇ。カークスには悪いがあいつには生贄になってもらう」
ガイウスは何か考え込むように押し黙り、俺はそんなガイウスを見ながら続けた。
「先陣部隊の若い戦士達を集めてくれ、上手くすればお前のやりやすい部隊ができるはずだ」
俺がそう言うと、ガイウスはじろりと俺を見てから「分かった」と言って、「ここで待て」と俺から離れて行った。
ガイウスの見せた表情は、俺に腹を括った者の凄みを感じさせた。
下手はうてねぇなと俺も気合を入れなおすと、ブレストプレートを抱えて走ってくるカークスが見えた。
カークスは生真面目に、早く俺に鎧を届けるため必死で走っているのが遠目に分かった。
奴には悪いが死ぬよりマシだろ。
とくかく、まずはガイウスがまともに戦える陣容を整えなければ。
何よりも俺自身が生き残るために。
◆
先陣部隊の若い戦士達が集められ目の前に整列している。
整列した若い戦士達は200人以上ゆうにいそうで、先陣部隊の半数近くが集まっている。
整列した若い戦士達の前には俺とガイウス、それに俺の後ろに控えるようにカークスが立っており、当初カークスは若い戦士達と一緒に整列をしようとしたが、「お前は俺の付き人だから」と、俺の後ろに控えさせた。
特に疑問を持った様子も無く、俺に言われるままにカークスは俺の言いつけに従った。
「きけぇえ!雑魚どもぉお!!てめぇえらは竜種にびびって動けなかった腰抜けどもだぁあ!!」
いきなり怒鳴り声を上げた俺に対して、若い戦士達は恐れを抱いたような視線を向けていたが、反感のこもった視線を向けるようになる。
いきなり休憩中に集められ、また自分たちを非難する怒鳴声を浴びせられたのだ、若い戦士達の表情は不服そうにゆがみ始めている。
「何だその不服そうなツラはぁ!!先ほどの戦いで竜種に怯えず勇敢に戦った者がこの中にいるのか!?いるなら前に出て来い!!」
俺がそう怒鳴ると不服そうなツラの若い戦士達は、気まずそうに顔を伏せ誰も前に出ようとはしなかった。
「今回の戦いで分かったことがある!てめえらのつまらねえプライドと使えなさ加減だぁ!!プライドばかり一人前で、いざ本番になると糞の役にもたたねぇ!!それでよく戦士様だと胸を張ってられるな!!てめえらに感心できるところはそのツラの皮の厚さだけだぁ!!」
押し黙った若い戦士達は返す言葉が無いのだろう、押し黙ったままだが、その表情は怒りでゆがんでいる。プライドが高いだけあって、顔を真っ赤にし今にもこちらに突撃してきそうなものまでいる。
「カークス!前へ出ろ!!」
突然俺に呼ばれて、素の表情で戸惑っているカークスを若い戦士達より見えるように俺の脇に立たせる。
「お前!次竜種と戦う際、もうビビらずに戦える自信があるか!」
困惑した表情で「あ、あります…」と頼りなく返事を返してきたカークスに対して、
「うそこいてんじゃねぇぞ!俺に怒鳴られたくらいで、さっき竜種に会ったときと同じようにぶるぶる震えやがって!正直に言えぇ!お前は武器を握って竜種に突っ込めるのかぁ!!?」
若い戦士達の視線が集まる中、みんなの前で一人俺にやりだまに上げられ、カークスは無言でがくがく顔を伏せて震えている。
「何とか言え!!この腰抜けがぁ!!てめぇは竜種に突っ込めるのかよ!?」
カークスは全身の震えをひどくしながら、嗚咽の混じる声で「…突っ込めません…」と俺に答えた。
「何言っているかきこえねぇんだよ!!てめぇは竜種に突っ込めるのかはっきり答えろボケがぁ!!」
「づっごめまぜん!」
顔中を涙で濡らしたカークスが、己の情けなさのあまりかみ締めた口の端より血を流しながら俺に答える。
カークスは俺に答えると、そのまま顔を上げながら嗚咽を上げて体を震わせて泣いた。
俺はカークスから視線を外し、若い戦士達を見る。
人事とは思えないのだろう、プライドが邪魔して素直になれないだけで、この場にいる者達はみんな戦いから逃げ出したいと、竜種の圧倒的な恐怖より逃れたいと思っているはずだ。
カークスを馬鹿にするような奴はいなかった。
「てめぇら!俺はカークスと違うと言える奴!前に出て来い!!」
さっきまで怒りで染まった表情をしていた者達が、カークスにあてられて血の気が引いた顔を伏せ押し黙った。
「どうしたぁ!さっきまで不服そうなツラしてやがった癖に!俺は竜種に突っ込めるって奴!早く前に出てこいやぁ!!」
まだ竜種の血に濡れたイカリを手に、出来るだけ怖そうな顔をして若い戦士達を睨みつける。
若い戦士達は微動もせず、そのままその場に立ち尽くした。
「お前ら、次の戦いから弓で援護にまわれ」
俺が黙ったままの若い戦士達にそう告げると、伏せた顔をはっと上げて俺を見つめてくる。
「さっきの戦いで分かったことがもう一つある。弓や投槍の援護が無いと竜種には勝てない。お前らは弓や投槍を使って援護をするんだ」
素直になりきれないのか、若い戦士達は押し黙ったままうんともすんとも言わない。
「さっきの戦いで38人死んだ。お前らが援護にまわれば今後この数字は確実に減るだろう。今回の竜種との戦いはお前らのプライドを守るためにあるんじゃない。竜種どもをぶっ殺して、お前らは生きて帰らなければならないんだ!お前らがみんな死んだらニドベルクはどうなる!簡単な話だ!ガキと年寄りだけ残された国はあっと言う間に滅ぶぞ!お前ら故郷が滅んでいいのか!?」
俺は若い戦士達を見回しながら続ける
「お前らは何があっても竜種共をぶっ殺して国に帰るんだよ!!分かってんのか?絶対に生きて国に帰るんだよ!!」
言い終わるとしばらく若い戦士達の様子を見つめた。
本人達こそが一番生き残りたいと、国に帰りたいと思っているはずだ。
200名以上の若い戦士達が静かに俺を見つめる。
俺も戦士達を見つめ返す。
「生き残るための覚悟のある奴!前の台車に準備された弓をとれ!国を守る覚悟のある奴!弓をとって竜種と戦えぇ!」
俺はそこまで言うと黙って反応を待った。
話すべきことは話した。
若い戦士達と俺とガイウス。そしてうつむいたまま押し黙っているカークス。
200人からの者達が集まったその場は、風の音が聞こえるだけで、あとは誰も物音を立てようとせず、ただ静かだった。
「…俺は弓で戦います。…弓で竜種と戦い、そして絶対に生きて国に戻ります」
全員の視線が、弓で戦うと言ったカークスに集まる。
カークスはふらつく足取りで台車の元へ歩いていくと弓と矢筒を取って俺のもとへ戻ってきた。
俺もガイウスも黙って若い戦士達を見つめる。
カークスが弓を取ってからは、はっていた意地が緩んだのか、次々と若い戦士達が弓を取った。
若い戦士達が弓を取り終わるのを待ってから、俺はガイウスに「締めを頼む」と告げると、ガイウスが吼えた。
「国を守るため!竜種を滅ぼすため!これからが本番だ!いくぞぉニドベルクの戦士達!」
ガイウスの言葉を受け戦士達は弓を掲げて雄叫びを上げる。
俺はその光景を眺めながら、カークスのつぶやく「…生きて帰る…絶対生きて帰る」という声を聞いていた。
戦士達は雄叫びを上げ続け、その雄叫びは泣き声のように聞こえた。
竜種の待つダーナはもうすぐそこという距離で、次の戦いはすぐにも始まるかもしれない。
絶対に生き残る。
俺は若い戦士達を見て、再びそう心に誓った。