田所修造の場合 26
部隊の前まで走りつくとガイウスが仁王立ちで待ち構えていた。
ガイウスの後ろに控える部隊の戦士達は緊張した面持ちで俺を見つめている。
また怒られるのかと思いうんざりしたが、近づいて行くとガイウスは怒っている様子は無かった。
「バアフン、少しの間だが負傷者の手当てに時間が掛かるので休憩を取ることができる。こっちへ来い」
初めてガイウスに名前を呼ばれたなと思いながら「ああ」と返事を返した。
ガイウスについて歩いていると、恐ろしいものでも見ているかのようにトロルの戦士達が俺を見ていることに気が付いた。
一人で陸竜の群れへ突っ込んだのだ。当たり前の反応かと納得していると、最前列で竜種にびびり半口を空けながらぶるぶる震えていた若い戦士がいた。
生きていたかと、にやけそうになる口を引き締め
「おい、お前」
と声をかけた。
若い戦士は自分が呼ばれたとは思っていないようで周りを見回している。
「お前だお前、さっき隣にいただろ」
若い戦士は情けない顔をして「おれ?」とでも言うように自分を指差している。
「そうだよお前だよ、体拭くから湯沸かして持ってこい、あと体拭く布も持ってこい、それとあっちにメイス落ちてるから誰かに取りに行かせろ!急げよ!」
ちょうど良かったのでこいつを利用して嫌な奴でも演じることにした。
語気を強めて言いつけると、若い戦士は飛び上がるようにしてどこかに走って行った。
ガイウスは興味無いのか、若い戦士のほうを見ようともせずにずんずん進んでいたので小走りで追いかける。
ガイウスは陣の中ほどまで来ると「ここで休め」と言ってどこかに行った。
休めと言われても特に何も無いところだったので、地面にイカリを突き刺して鎧を脱ぐことにした。
ゆがんでしまったブレストプレートを脱ぐのに手間取ったが、下に着ているレザーアーマーも一人で脱ぐことができた。
ブレストプレートの具合を見てみると、一部ひしゃげたようになっているが、手を加えればまだ使えそうだ。
右手の篭手の残骸も外し、身軽になったところで地面に寝転ぶ。
地面に寝転ぶと、ようやく無事生還できたことを実感した。土の匂いが体にこびり付いた血の匂いを紛らわせてくれる。
風も強すぎずちょうどいい具合で吹いており、風向きの関係か、戦場の匂いは感じられない。
少し日が傾いた真っ青な空は、昼間と一緒で雲ひとつ無い。
けっこうぎりぎりだったなと空を見ながら思った。
実際に竜種と戦い、奴らの強さが想像以上であったため危うく死にかけた。
だが俺にはこの戦いだけは無理をする必要があった。
初戦で竜種以上のショックを軍にあたえる、そして一時でも早く若い戦士達の目を覚まさせる。
つい先日までサラリーマンをやっていた俺は戦い方も分からず、竜種との戦いも戦争と言うよりはケンカの延長のようなことしか出来なかった。
おかげで一人囲まれるような間抜けな様をさらすことになった。
しかし今後は大分ましになるだろう。
ただそのためにもガイウスと話をしなければならない。
のどが渇いた。水が欲しいが取りに行くのがおっくうなので、そのまま目を閉じる。
風が心地よく天気もいいので気持ちが良い。
「バアフンさんお湯持って来ました」
うとうとしていると、ようやくお湯が来たらしい。
声がした方を見ると若い戦士が木の樽を抱えて立っていた。体を拭く布とメイスもちゃんと持ってきている。
「おう、樽をそこに置け。あと水が飲みたい。もってこい」
「はい!」
若い戦士はすぐに返事を返して、駆け足で水を取りに走った。
若い戦士の様子が微笑ましく笑みがこぼれてしまう。
俺は樽のところに行き、頭を突っ込んで洗いそのまま顔も洗った。
手もしっかりと洗うが、服はどうしようもないので肉片だけ簡単に手で取った。
さっぱりすると、泥と血肉でどす黒く濁ったお湯を捨て再度布で顔を拭う。
気持ちがよく生き返る思いだ。
髪を布でガシガシ拭いていると若い戦士が帰ってくるのが見えた。
「バアフンさん水です、どうぞ」
若い戦士が持ってきた水を受け取って飲む。
のどが渇ききっていたので、一回で半分くらい胃に収める。
「お前名前はなんていうんだ」
ふぅと大きく息をつき、若い戦士へ名前を聞く。
「ゴーモト氏族でカークスと言います!」
「いくつになる」
「18歳になりました!」
直立不動で上官に受け答えをするように俺へ返事を返すカークス。
「そうか、お前元気いいし、よし、俺の付き人にしてやる」
「え!?」と言う顔をしてカークスは俺を見つめて固まった。
「おい返事はどうした!なんだ嫌なのか!」
「はい!いや、付き人やらせていただきます!」
「やらせて頂きますじゃねえだろ!付き人にしてくれてありがとうだろうが!」
「あ、付き人にしていただきありがとうございます!」
「よし!じゃあまず鎧を直しに行って来い!鎧を持って行った後はイカリとレザーアーマーを綺麗にしろ!」
「はい!」
カークスは返事を返すと、血まみれのブレストプレート掴んで走り去った。
これからはトロルの戦士であるカークスが必要になる。強引にカークスを付き人に出来てよかった。後でガイウスに話を通しておこう。
気分良く寝転んでいると、ガイウスが親衛隊風の男を連れて戻ってきた。
立ち上がってガイウスとその男を迎える。
「バアフン殿、貴殿のおかげで竜種の群れを殲滅することができました。被害もごく少数に抑えることができ、我が王は心より貴殿に感謝しています。何か要望があれば私に言ってください。褒賞も出来る限りのことをさせて頂きます」
初めてトロルの陣営に来た時とは大違いな丁寧さだ。
「褒賞の話は戦争の後だ。それよりもせっかく初戦で被害を抑えられたんだ、軍紀を早急に正して欲しい。それとガイウス、今後の戦闘ではお前の指示で俺は動くようにする。今回はどうしても初戦で被害を出したくないためお前の指示を無視したが、もともと俺は軍隊の戦いがどのようなものなのか知らない。お前のやり方で俺を使ってくれ」
俺がそう告げると、ガイウスと親衛隊風の男は俺を見つめて、
「あれだけの働きをされて、自らガイウスの指揮下に入ってくださるのですか。貴殿の協力に心から感謝を申し上げます。我が王にも貴殿より申し出ていただいた事、仔細伝えるようにいたします。バアフン殿本当にありがとうございます」
真剣な表情で語る親衛隊風の男、プライドが高いだけでトロルも気のいい奴らなのかもしれない。
「礼はもういい。後のことはガイウスと二人で話し合っておく」
「わかりました。では私は失礼します。ではガイウス、バアフン殿のこと頼んだぞ」
親衛隊風の男はそうガイウスに告げると来た道を戻っていった。
男が去って行った方向を見つめながら、まだ一言も口を開いていないガイウスに気になっていたことを聞いた。
「どのくらい死んだ?」
「38人だ」
「…そうか」
ガイウスと並んで立ち、お互い向き合わずに続ける。
「部隊の若い奴らは、次からまともに働けそうか?」
「今回よりはいくらかましにはなるだろうが、まだなんとも言えん」
吼えられただけで動けなくなっていたのだ、それはそうだろう。
「カークスを使いたい。借りてもいいか?」
「かまわん」
「それとさっきの戦闘で防具が壊れた。重くていいので頑丈な篭手が欲しい」
俺がそう言うとガイウスが「おい!」と近くにいた若い戦士を呼び、指示をだして走らせた。
「ガイウス、次からはもっとまともな戦いがしたい。俺の仕事を教えてくれ」
俺はガイウスのほうを向き、そうガイウスへ言うと、ガイウスもこちらを向き静かに言った。
「貴様は不思議な男だ。その力だけでは無く、先ほどの戦いも後続の部隊が間に合わなかったら貴様は死んでいたはずだ。なぜ貴様はそこまでする」
ガイウスの目は静かな色を湛えており、俺はその目を見つめながら返答した。
「戦うまえから壊れそうだったからな、この混成軍。死にそうになったのは予定外で、俺は死ぬつもりなんかさらさら無い」
ガイウスはなおも俺の目を見続ける。
「…豚みたいな中年のドワーフが、泣きながら俺にエルフの若い戦士を守れって頼んできやがった。それに知り合いもこの戦いに参戦している」
「…それだけか?」
「それだけだな」
俺が返答すると、ガイウスが表情を変えずに鼻からフッーフッーと息を吹きだした。
何事かと思いガイウスを見るとわずかに口の端が緩んでいる。
とてもそうは見えないが、どうやら笑っているらしい。
「お前は本当に不思議な奴だ」
「俺もお前が不思議だよ」
俺が返すとガイウスはフッーフッーと息を吹き出した。
ガイウスは笑い続け、俺は顔が引きつりながらガイウスを見ていた。
ふと視界の端に篭手を抱えて居づらそうにしている若い戦士が見えた。
早くこっちに来いと意味を込めて睨みつけたが、若い戦士は俺を見てないフリしてスルーしやがった。
あとで引っ叩くと心に決め、俺はしばらくガイウスの鼻息に耐え続けた。
ガイウスの鼻息はしばらく治まらなかった。