田所修造の場合 24
後続部隊が陣を敷き終わると、先陣部隊は周囲の警戒を他の部隊に代わってもらい昼食の準備に取り掛かった。
昼食は簡単な物ながら、暖かいスープが付いた。
今日の夕方にもダーナに到着するためだと、言葉短くでかいトロルが俺に言った。
戦闘前の最後の食事という意味だろう。
俺はでかいトロルの脇で、固いパンと燻製された真っ黒なソーセージとスープの昼食をとった。
スープは薄い緑色で味が塩の味しかせず塩味のお湯のようで閉口したが、ソーセージは香辛料と一緒に肉詰めされた燻製品でかなり美味かった。
一度命がけのサバイバルを経験してから人品が卑しくなった部分があるのだろう、いつものようにがっついて食事を済ませた。
食事が終わりでかいトロルの脇でくつろいでいると、周りのトロルの戦士が俺達から距離を取って食事をしていることに気が付いた。
頭が良いらしいが、随分と人間の小さい奴ららしい。
忌々しく思ったが、どうでもいいことだと周りを見るとなしに見ていると、先陣部隊で使う予備の武器や荷物を運ぶ台車を引いていた男が、一人で他の戦士から離れ食事をとっているのが見えた。
その男は行軍中から少し目立っていた。
先陣部隊は500人からの大部隊で、食料や荷物を運ぶ荷駄隊が運ぶ荷物以外にも、自隊で使用する予備の武器や大小の荷物を運ぶ台車がかなりの数ある。
台車は大きく、荷物を満載したものを馬が引いているのだが、その台車だけ大柄な男が引いていた。
その大柄な男は先陣部隊の隊長と思われるでかいトロルと同じくらい大柄だが、でかいトロルと違い、太っていていかにも鈍重そうだった。またトロル達は顔のほりが深く、整った顔立ちのものが多かったが、この台車を引いている男は額とアゴが突き出ており、酷く醜い容貌をしていた。
男は美味そうにスープをすすっている。
俺は腰につるしていた3本の焼きワインを見て、男が引いていた台車を見た。
ゆっくりと腰を上げると、でかいトロルに台車へ荷物を置いてくると声をかけて男が引く台車まで向かった。
でかいトロルは反応を示さず静かに座ったままだった。
こいつもたいがい変わったやつだ。
台車を引いていた大柄な男は、俺が近づいて行くとイカリが目立つのかすぐに俺に気が付き警戒するようにじっと俺を見つめた。
俺は構わず近づいて行き「おい」と声をかけた。
俺に声をかけられた大柄な男はうろたえながら、
「な、なんだおめえ、お、お、おらに、な、な、何か用が?」
と声をかけてきた。
「ああ、こいつを預かって欲しくて来た」
差し出すように3本の焼きワインを見せるように言う。
「な、なんだそりゃ?さ、酒じゃねぇのが?」
こいつ、どもりが酷い。
「何だ、何か問題あるのか?」
「さ、さ、酒はダメだって、ガ、ガ、ガイウスが言っでだ。お、お、おら、だ、だから、さ、酒はのせねぇ」
随分頭の回転が遅そうな奴だ、「ガイウスって誰だ?」俺が聞くと、大柄な男は「あれ」と言ってでかいトロルを指差した。
「へぇあいつガイウスって言うんだ」
「お、お、おめえ、ガ、ガ、ガイウスの、な、な、名前、し、し、知らねのが?」
「初めて知った」
「ガ、ガ、ガイウスし、し、知らねやつ、と、と、トロルにいねぇ」
「俺トロルじゃねぇし」
「お、お、おめえ、と、と、トロルじゃねのが?」
大柄な男の質問を無視して、男をすこし見つめた俺は「お前なんて名前だ?」と聞いた。
すると大柄な男は、やはりうろたえながら「ユ、ユ、ユミル」と急にボソボソとした小さい声で名前を告げた。
「おいユミル。こいつは酒じゃ無い。薬だ。俺はこれが無いと死ぬ病気なんだ」
俺がそう告げると、ユミルは目をこれでもかと見開き焼きワインの壷と俺をかわるがわる見比べた。
「だからこいつを大事に守ってくれ。頼むぞユミル」
俺がそう言うとユミルは「あ、あ、」とうめきながら俺を見た。
大丈夫か?こいつ。
「お、お、おら、ユ、ユ、ユミル…」
「知ってるよ、今さっき聞いたばっかじゃねぇか」
「ガ、ガ、ガイウス以外、お、お、おらを、な、な、名前でよぶやつ、いねぇ」
「何だそりゃ?」
「ガ、ガ、ガイウスは、お、お、おらの、お、お、おんちゃんだがら」
「おんちゃん?叔父のことか?」
「う、うん」
「何で叔父のガイウス以外お前を名前で呼ばねぇんだ」
「み、み、みんな、お、お、おらを、み、み、醜いって、お、お、オルグっこって呼ぶ」
ただでさえ、さっきから自身が無視されてイライラしてたのに、つまらない話を聞いて余計イライラしてきた。
「みんなお前をオルグっこって呼ぶのか?」
「う、うん」
俺の問いに答えるとユミルは押し黙った。
俺は舌打ちをして、
「おいユミル。そんなつまらねぇ話しはどうでもいいんだ。お前はユミルで台車を引いている。俺は病気で薬を預かって欲しい。お前は俺の薬を守るんだ、いいな」
ユミルの目を見ながらゆっくりと話した。
ユミルは俺の目を見ながら真剣に頷き、「おめえ、なんて名前だ?」どもらずに聞き返してきた。
「俺はバアフンだ。ユミル、俺の薬を頼んだぞ」
俺はそうユミルに告げると、ユミルに背を向けて歩き出した。
背後から「薬を守る」とユミルの声が聞こえたので、後ろ手に手を振って答え、ガイウスの元へ戻った。
戻ってくるとガイウスは黙って座ったままで、周りの戦士達もまだ休んでいた。
最後の休憩だからだろう、出発はまだらしい。
「ガイウス戻ったぞ」
俺がガイウスへ声をかけると、「ユミルか」とガイウスはつぶやき俺を見た。
俺はガイウスを見返しながら、「そうだ」と答えたが、ガイウスは興味を失ったのか俺から目をそらし、何も言わなかった。
相変わらず寡黙なやつだと思い、またガイウスの隣に腰を下ろす。
特に何をするわけではなく、ただ黙って座っていた。
「ユミルは弱い」
唐突にガイウスがつぶやいた。
俺はガイウスを見て話の続きを待ったが、ガイウスは続きを話さない。
俺がガイウスを見るのをやめると、それを待っていたかのようにガイウスがまたつぶやいた。
「ユミルは弱い、それに…」
ガイウスを見ると、あさっての方向を見ている。
どうやら俺に話しかけていると言うより独り言を言っているという感じみたいだ。
「…戦うことができない」
ガイウスの瞳は何も捕らえず、ただ目の前の虚空に向けて言葉を吐いた。
俺はガイウスから目を離し、ガイウスが見つめる前方の空間を見つめるとなしに見た。
俺達の前方は丘があり、丘の先には真っ青に染まった青空が広がっていた。
雲など一つとして無く、これから竜種との戦いが待っているとはとても思えない、平和な景色だった。
◆
休憩を切り上げる号令が発せられると、すでに出発の準備を整えていた先陣部隊から粛々と行軍を開始した。
これからダーナに向かう街道は竜種による襲撃がある可能性が高く、いつ戦闘が始まってもおかしくないとガイウスが出発前隊員へ説明をした。
先陣部隊が竜種と遭遇する可能性が一番高く、斥候は放っているものの、竜種はジラントなどの翼竜がおり、陸竜のリンドドレイクの中には非常に足の早いものもいるらしく、斥候はそれほど役には立たないとのことだ。
情報を持ち帰るより敵が早く本隊にたどり着いてしまうということだろう。
昼休憩が終わった後の先陣部隊には昼前までには無い、張り詰めた空気が部隊内に漂い、戦士達の表情には余裕など一切無いものとなっていた。
年長の戦士達は気張った表情などせず、部隊の仲間に気を配っている様子だった。
先陣部隊は今街道いっぱいまで広がり重厚な陣形を保ったまま行軍をしている。
街道両脇には草原が広がっているが、右手の草原はある程度行くと森が広がっている。
いつあそこから竜種が飛び出てくるか分からない。
おのれの得物をそれぞれが握り締め、森を注目しながら静かに行軍する。
俺は誰かの吐く荒い呼吸音を聞きながらイカリを見て、背中のメイスを確認する。
腰から下げた小石の入った皮袋をさわり蓋を縛る皮紐を確認する。
腰に括り付けられたごついナイフも確認して、脇にいるガイウスの様子を伺う。
気負った様子は見られないが、余裕はあまりなさそうだ。部隊の状況を確認しつつ、自身の得物でかなりでかい消防斧に似た斧を握り締めている。
俺は戦力外扱いなのだろう、ガリウスから離れなければ注意は一切向けられない。
俺は視線を森に戻し、アーンスンから聞いた竜種との戦い方を思い出す。
竜種はうろこが固く、遠距離からの矢などではあまり効果が無いらしい。そのためリジルが使った熱の魔法のように、魔法を矢にかけたりして威力を高めて攻撃をしたりするのだが、竜種もただ黙って攻撃を受けるわけではなくこちらの陣に突撃してくる。
この突撃を抑えるのが困難で、ただでさえ1体1体が体の大きい竜種が群れになって突撃してくる場合、往々にして前衛が破られ被害が拡大してしまうとの事だった。
まだ見たことない竜種だが、アーンスンの話では大きさが俺の4・5倍ほどもあり、大部分が2足歩行で、強力なアゴでの噛み付きや前足での攻撃、炎のブレスなども使うとの話だ。
周りの蒼白になったトロル族の戦士達の青い顔を見てから、右手の草原の先、森を見つめる。
俺に出来ること。
イカリを握り締めると、皮紐で作られた握りの部分を通して、イカリが俺に応えてくれているような気がした。