田所修造の場合 23
その日の野営はダナーンからダーナへ向かう中間点の村で行われた。
総勢4500人もの大所帯では宿泊施設などあるはずも無く、村の広場にテントが張られてニドベルクとダナーンの幹部がそこに泊まり、残りは村を囲むように野宿をすることになった。
俺はアーンスンやリジルと一緒に、アーンスンの部隊の人間と村の外側に固まって野営の準備をした。雲も出ていなく雨の心配が無いため、テントは張らずに焚き火の準備だけをして簡単な夕食を済ませたところだ。
一日中行軍が続き、明日も早朝から午後まで行軍が続く予定だ。各自それぞれマントに包まって、焚き火の近くで早めに休んでいる。
リジルは疲れたのか俺の横でマントに包まり横になっており、アーンスンは焚き火をぼんやりと眺めている。さっきまでアーンスンは配給の分配やら、各戦士へマントの配給やら忙しく働いていた。思えば若い女の身でありながらアーンスンが一部隊を率いねばならないほどダナーンは人材に枯渇している。
「おい、飲むか?」
出発前にラハムから焼きワインの入った大きな壷を3つも貰っていた。また今着用しているマントもラハムからの餞別だ。
「早くも疲れた顔してるぞ、お前」
俺はそういうと焼きワインの入った壷をアーンスンへ差し出した。
リジルはダナーンにいる時と違い、俺の飲酒を煩く言わなくなった。きっと自分のことで手一杯になったのだろう。
「そんな顔になってます?まあ、うちは若い子が多いから、ふふ、うちだけじゃなかったですね」
そう言ってアーンスンは自分のコップを差し出し、俺は焼きワインを注いだ。
「昔、俺が元の世界である組織に所属してた頃、よく後輩達に言っていた言葉があるんだ。『出来ることをやれ、格好つけるな、無理はやめろ』まあ、今のお前に言うことじゃないかもしれないが」
「ふふ、何ですそれ?バアフンさんのお説教ですか?」
「そんな偉そうなもんじゃねぇよ。…俺の元の世界は景気が悪くてな、若い人間が働きたいと思ってもろくな仕事がないのがざらで、そんな中うちの組織に入ってこれた若いのは、入ってきてすぐに大きな理想をぶち上げて無理しちまう。そしてその内無理が続かなくなり、疲れ果て、自分の理想とのギャップに苦しんで組織から逃げちまう。そんな奴が多くてな、かえって適当に要領良く力を抜いてる奴が生き残りやすい。お前には必用無いだろうが一応言っておこうと思ってな」
「うふふ、やっぱりお説教じゃないですか。でもバアフンさん自身の元の世界での話し、始めて話してくれましたね」
「そうか?言ってなかったか?」
「言ってませんでしたよ、元いた世界の話も国がどうとか、習慣がどうとか、わざとどうでもいいようなことばっかり話してましたよ、バアフンさん」
「チッ、お前はやっぱり苦手なタイプだ」
「うふふ、私はバアフンさんみたいなタイプ得意ですよ」
「ふん、そうかい、それ飲んだら寝ちまえ、俺はもう寝るぞ明日も早いからな、お前も早く寝ろよ」
俺はアーンスンにそう言うと、マントに包まりアーンスンに背を向けた。
焚き火の音がぱちぱちなる中、アーンスンの「ありがとうございます、バアフンさん」という小さい声が聞こえた。
俺は聞こえない振りをした。
焚き火の音が聞こえる中、アーンスンも横になる音が聞こえた。
周囲が静かになり、自分が今日感じたことを思い浮かべる。
この軍隊は想像以上に弱いかも知れないと。
ダナーンを離れる時は、これから戦争に行くという現実が嫌でも各自にのしかかり、誰も口を開く者などいなかった。しかし出発後ある程度すると、各所で笑い声やふざけあう声が聞こえ始めた。リラックスできているのかと思えば、どうも様子が違う。
なんと言うか、投げやりな感じがした。全体的に浮ついた感じがし、まるで新人研修の引率をしている気分がした。
何となくアーンスンの表情を盗み見ると、やはりいい顔はしていない。
泊りがけの新人研修なんかだと、強面の幹部クラスが途中で登場し、一回活を入れるなんてのが相場だが、こいつらに活を入れる人材がこの軍にはいないんじゃないか?
最初にこいつらに活を入れるのが竜種だなんて、冗談でもやめて欲しい。
そんなことになれば最悪、最初の戦闘で壊走しかねない。
俺は戦争は分からないが、ケンカは分かる。ケンカは気迫だ。
びびったらその時点で負ける。
この軍で勝つには最初の活を竜種に入れさせてはいけない。
俺はそのまま自分に出来ることをある程度考えると、目を閉じ考えるのをやめた。
目を閉じると今日の疲れと、焼きワインの酔いが急速に俺を眠りへと落とした。
眠りに落ちる瞬間、ぱちぱちと鳴る焚き火の音が、急に遠くなっていくのがはっきりと感じられた。
翌朝、早朝に各部隊起床し準備を整えると、ニドベルク・ダナーンの戦士団はダーナへと向けて出発した。
出発前に見かけたニドベルクの若い王は、厳しい顔をしてむっつりとしていた。対してダナーンのダイモーンの表情は良く分からなかった。ただそんなに切羽詰った顔はしていなかったように思う。
俺は出発してから少したって、アーンスンが慌しさより開放されてからそばに近づいていった。
「おいアーンスン、少し話しがあるんだが」
声を潜めてボソボソとアーンスンに言う。
「どうしたんですか?バアフンさん、何か私に秘密の相談でも?」
なんかアーンスンが嫌な返し方をしてきたが、無視して要件を言う。
「この混成軍が竜種と当った時、トロルとエルフはどんな配置になるか分かるか?」
「そりゃ、肉体的に頑強で力が強いトロルが前にでて、エルフが後ろからサポートすることになると思いますよ」
「そうだろうな、でだ、俺が後ろにいても何もできねぇ、そうだろ?」
「そりゃ」
「これからダイモーンのところへ行ってくる」
「え?今からですか」
「そうだ今からだ。それでニドベルクの先陣部隊に加えてもらえるように頼んでくる」
「…あの、トロルは頭が良く身体能力も強いので、他の種族が部隊に混じることをあまり良しとしないのですが」
「そんなの関係ねぇよ。ダイモーンがよしと言って、ニドベルクの王が許可すればそんなことは問題じゃねぇ」
「そんな簡単なものじゃないと思いますが、まあバアフンさんがそう言われるなら」
「お前を一人置いて行くような形になっちまうが、ガキ共の面倒よろしく頼むぞ。特にはねっかえりが暴走しないよう、よく見ててくれ」
「はい、わかりました。では大丈夫でしょうけど、念のため伝令用のこの札を持参して下さい。ダイモーン様の親衛隊に見せて用件を告げれば取り次いでもらえるはずです」
アーンスンから貰った木の札を確認すると「悪いな」と言い残し、ダイモーンの居る隊列の中央部へ向かった。
ダイモーンの親衛隊は、他のエルフの戦士と比べると壮年でいかにも精鋭部隊といった雰囲気意だった。俺が近づいていくとでかいイカリが目立つこともあってすぐに呼び止められた。俺がアーンスンより渡された伝令用の札を見せてダイモーンに取り次いで欲しいと言うと、少し待たされてからダイモーンのところへ通してもらった。
ダイモーンは騎乗で馬をゆっくり進ませていて、俺はダイモーンに並走するような形で用件を言った。
「爺さん、頼みがあるんだが、俺をニドベルクの先陣部隊に加えてもらえるように手配できないか?」
ダイモーンは俺をジロッと見てから口を開いた。
「おぬし、トロル族の先陣部隊に入りたいなどと、邪険にされると思うがの」
「そんなのは一時のことだ、爺さん俺は初手を掴みたいんだ。初戦で軍の士気を上げたい」
ダイモーンは興味なさそうに俺をぼんやり見つめてしばらく黙った。
「一兵の配置のことだ。別にわしに嫌は無い。しかしじゃ、ニドベルクの王が何と言うかは分からん。ニドベルクの王への目通りは立つようにするが、難しいとわしは思うがの」
「目通りさえ手配してくれればそれでいい。頼むぞ爺さん」
「わしが頼まれるというのも何だかあべこべだの、まあええわい。おい」
ダイモーンが声をかけると親衛隊の戦士の一人が近寄ってきた。ダイモーンが何か話すと、その戦士が一緒にニドベルクの王のところまで同行してくれると言う。
俺は礼を言い、その戦士についてニドベルクの王の下へと向かった。
エルフの親衛隊の戦士に伴われて、トロル族の隊列を通ったが随分奇異の目で見られた。エルフ達は庭で俺がイカリを振っているのを見たことある奴が多いが、トロルは自分の背丈より大きい鉄の塊を担いでいる俺を始めて見る。
かなり注目を集めながら進み、隊列の中央部にいるニドベルクの王の下についた。
エルフの親衛隊がトロルの親衛隊にニドベルクの王へ目通りをしたい旨を伝えた。トロルの親衛隊は俺とエルフの親衛隊を待たせ、王の下へ行きしばらくして戻ってきた。王は会ってくれるらしい。
俺はダイモーンの元へ戻る親衛隊の戦士に礼を言い、ニドベルクの王の下へ赴いた。
王は近くで見ると、随分女顔できれいな顔立ちをしていた。いかにもやむを得ず会ってやったといった感じの表情だが、俺のイカリに興味を引かれている様子だ。
「ニドベルクの王よ、私はダナーンの戦士バアフンと申します」
「そうか、私はニドベルクの王ニグリスだ。で、どのような用件でここまで参ったのだ?」
「王よ私は此度の戦のために異界よりダナーンのダイモーンに召喚されてこの地まで参りました。私が背負うこの武器は竜を屠るために異世界より持ってまいりました武器でございます。つきましてはその勇猛さで名高いニドベルクの先陣の端にでも、私めを加えて頂きたくお願いに参上いたしました」
嘘八百だ。嘘しか言ってない。
「そなたダイモーンに呼ばれて異界より参ったと申すか?そのような話しダイモーンよりは聞いておらぬぞ」
「ダイモーンは勇猛で知られる戦士達の王に、私などを紹介するのが憚られたのでしょう。ただ私も今回の出征に際し、勇猛な戦士達と剣を並べたく思い僭越ながら御前に参上した次第です」
「そうか、しかし我が氏族の者達は他の部族が同じ部隊に入るのを良しとしない者が多い。そなたを先陣の部隊に加えることで士気が乱れるのは困る」
「それは謙虚すぎる物言いです王よ。ニドベルクの戦士のように勇猛で知性高い勇者達が私のような小者ひとり加わったところで意に介しますまい。英明なる王よ、何卒私めに英雄達と共に剣を振るえる機会をお与えください」
調子にのり過ぎて、さすがにわざとらしかったかと下げた頭に後悔をした。
「うむ、よいぞ。そこまで褒められると面映い思いじゃが、そこまでそなたが申すのなら、そたなを先陣の部隊に加えるよう手配しよう」
「ありがとうございます王よ」
通ったか、相手が若い王でよかった。俺がついた嘘はダイモーンがなんとかするだろう。何とかできなくても俺は知らん。
ニドベルクの王が親衛隊を呼び「この者を先陣の部隊へ加えるように」と指示を出した。指示をだされた親衛隊の戦士は嫌そうな顔しながらこっちを見たが、王には「すぐに手配いたします」と言ってこっちへ向かってきた。
トロルの親衛隊の戦士は「俺について来い」と愛想無く言い放ち、そのままずんずん歩いていった。俺も慌ててその後ろを追っかける。
しばらく親衛隊の戦士についてトロルの隊列を歩き、先頭集団の元に到着した。
先頭集団に到着すると、親衛隊の戦士が背の高いトロルの戦士達の中でも頭一つ分周囲より背が高い壮年のトロルの戦士のもとに行き、何か言うとそのまま黙って帰って行った。
トロル族は随分愛想が悪いのだなと思いながらその背の高いトロルの戦士に近づくと、
「貴様が我が部隊に加わりたいと言うダナーンの戦士か」
歩みを止め、随分冷ややかに俺に言い放った。
「ああそうだ。ダナーンの戦士バアフンだ」
俺を射るような目つきで見つめてくる。周囲のトロル族の戦士も同じような態度だ。
しばらく黙って俺を見ていた。
こいつ背が高いだけで無く、プロレスラーのようにがっしりとした体をしていて体中に傷跡がある。トロル族でも勇猛な戦士なのだろう。
「その肩に担いだイカリはなんだ。随分でかいが」
「俺の武器だ」
俺が短く答えると、相手はまた黙って俺を見つめた。
「王命だ。部隊に加わることは許すが、勝手は許さん。貴様は俺の脇にいろ」
「わかった」
俺とそのでかいトロルの会話が終わると、周りの戦士達はそっぽを向いて黙って歩きだした。いかにもお前など眼中に無いと言いたげである。
俺はでかいトロルの左後方を歩きながら部隊を見回した。
先陣をきる部隊なので、他の部隊と比較するとそこまで酷くないが、やはり若そうな戦士が目立つ。本当に先のミュート戦は各国にとって大打撃だったのだろう。
トロルの戦士達は、エルフの戦士と違いみんな体が大きい。筋骨たくましく装備している防具も金属製の重そうな装備がほとんどだ。得物は先陣をきる部隊だからか無骨な槍を装備している者が多い。
俺が部隊に加わったからだろう。異物が混入した違和感で部隊は静かに黙って歩みを進めた。
そのまましばらく進軍していると、でかいトロルが伝令と何か打ち合わせをし、先駆けていた部隊の人間と何か話しをすると、隊員たちに向かい少し行ったら開けた場所に丘があるので休憩に入ると言った。
それから少し行き丘に到着すると、でかいトロルが部隊に周囲の警戒を行うよう隊員に指示を出し、部隊の隊員が5名ずつ四方へと散らばった。残ったのはでかいトロルと若いトロルの戦士が2名だけで、その若いトロルの戦士も後続の部隊が到着するや、部隊を出迎えに走り各部隊を誘導し始めた。
慣れたもんだなと感心して見ていると、でかいトロルが口を開いた。
「貴様、戦いの経験はどれほどあるのだ?」
「ゴブリンとの戦闘だけだな」
俺の返答を聞くと、でかいトロルはそのまま後続部隊が誘導されていく様を見続けた。
どうやら会話は終わりらしい。随分無口な野郎だ。
まるで排他的な学校へ転校してきた転入生のようだと思いながら、俺はでかいトロルと、そのまま後続部隊が陣を敷いていくのを黙って見続けた。