田所修造の場合 22
「なあ、俺っていつまでガキと一緒にいるんだ?」
午前中イカリを振ってから一度部屋へ戻って汗を流し、いつも利用している屋敷内の食堂で俺を含めた4人が昼食のためテーブルを囲んでいた。
「ああ、その件ですけど、ダイモーン様がバアフンさんダナーンにいる間はアンジエの面倒見てもらうようにって言われてました」
「はあ?なんだそりゃ?ちゃんとした保護者のいる家庭とかいくらでもあるだろうそんなもん。何で俺がガキの面倒を見続けなきゃなんねぇんだ」
「それなんでけど、前回ミュートでの竜種による被害のために、今ダナーンは被災者家族が大変多くなってまして、また戦える民間人が多数戦士に登用されているため、被災孤児の一部は戦士達も面倒を見るようになっているんです」
「はあ?じゃあこれから戦争に行く奴はどうすんだ」
「屋敷で出来るだけ面倒を見るようにして、面倒を見切れない分は一般の方たちに一時的に協力してもらいます」
「や!アンジエ、バアフンと一緒じゃなきゃや!」
俺とアーンスンの話題が自分のことだと気が付いたガキが騒ぎ出した。
「大丈夫よアンジエ、戦争が終わったらまた一緒に暮らせるから」
「や!アンジエもバアフンと一緒に行く」
「あらあら、困っちゃったわね」
困っちゃったといいながら俺に目線を送るなこいつ。てことはダナーンにいる間はガキと一緒って訳か。まあ最近こいつと一緒にいることに慣れて来たから、ここにいる間だけだったらいいか。本当は一人がいいんだが居候の身だしな。
俺はガキとアーンスンを無視して食事に専念することにした。昼食は螺貝を焼いたものと鶏っぽい肉の燻製にスープとパンでなかなか美味い。特に螺貝が美味い。
そういやダナーンは海に面していなかったなと思い、アーンスンに「この貝海からわざわざ持ってきたのか?」と聞くと「これは小さな沢に生息する貝なんですよ」と言った。
タニシかこいつは。
まあ美味いから何でもいいか。
ガキは俺が飯に集中したのを見て、自分もスープをかき込み始めた。
「バアフンさんとアンジエ、本当の親子みたい。ね、リジルもそう思わない?」
「バアフンさん、もうちょっとゆっくり食事してくださいよ!アンジエが真似するじゃないですか!」
アーンスンの寝言もリジルの小言も無視して食事に専念する。
男同士の気楽さがこの空間には決定的に欠如している。ラハムのところにでも遊びに行きたいなと思いながら飯をただひたすら食った。
ある程度食事が終わり、椅子に座りながらぐったりしていると、アーンスンが真剣な表情で話し出した。
「バアフンさん、貴方が戦いに参加されるという気持ちに変わりはありませんか?」
「ああ」
「では、現在の情勢はご存知ですか?」
「たしかダーナが襲われたんで各国がまた戦士団を動かしているんだっけか」
「そうです。正確には現在ダナーンとマーリンの先遣隊がダーナで竜種と戦っていますが、状況はかんばしくありません。そして明日ニドベルクの戦士団がこのダナーンへ到着し、明後日ダナーンの第二陣とニドベルクの戦士団が一緒にダーナへ向かうことになります」
「明後日か」
「もしバアフンさんも戦いに参加されるのであれば、明後日一緒に出発していただくことになります」
「問題ない、一緒に行く」
「アンジエも行く!」
明後日出発か、いよいよ後には引けないな、もともと引ける場所なんて無かった気もするが。
ガキを無視してアーンスンに「ダーナにはどれくらいで到着するんだ?」と聞いたところ「戦士団の行軍でも2日もあれば到着します」という返事が返ってきた。
アーンスンとリジルが明後日の出発までいろいろ手配があると席を離れ、ガキと二人で食後の茶を飲む。ニドベルク産だと言う紅茶を飲みながら、頭が冷えてくるのを感じる。
止まっていると不安になりそうなので、ガキを引きつれ庭に行くことにした。ガキは「バアバア、アンジエも一緒に行く!」と煩かったが無視して歩いた。
庭に到着すると、エルフの戦士達も訓練のため集まっていた。
庭は広いので、彼らの邪魔にならないようにガキを肩車して隅まで走っていく。ガキを下ろして静かに見てろと命令してガキから距離をとる。
ガキから離れたらイカリを振る。
思いっきり走ってイカリを振り下ろす、また走りイカリを横から突き上げる。
相手の足を砕いて、胴体を破壊するようなイメージでイカリを振り続ける。
体が熱を持ち、レザーアーマーと上に着たブレストプレートが暑かったが皮手袋で額の汗をぬぐい、ひたすらイカリを振る。
ひたすら振り続け、次第に頭が真っ白になっていく。
同じ広場にいるエルフの戦士達はやはりガキばっかりだった。大人もちらほらいたが、比率があまりにも少ない。
イカリが地面を引っ掛け、土が宙に舞う。土煙を突き抜けるように走り思いっきりイカリを振り回す。
土煙が晴れ、また走る。
週に2度ジムには通っていた。だがあくまで体形維持のためだ。
目の前にある丸太を破壊する。イカリが振るわれた丸太は埋まっていた地面ごとバラバラになり吹っ飛ぶ。
魔法の効果か体が軽い。イカリにはまだ振り回されている。腰を落として振りぬく。
日本に必ず帰る。この戦いを切り抜け必ず帰る。
リジルやアーンスン、ラハムなどの顔が浮かび思考がぐちゃぐちゃになりながら、ただイカリを振り続けた。
夜になり、くたくたに疲れた体を引きずり風呂をガキと済ませ、食事を取った。
食堂に行くと顔見知りになった厨房の男に飯と焼きワインを頼む。
酒はこの戦士用の食堂では飲んではいけないため、食後部屋に持ち帰って飲むつもりだ。
ガキと飯をたらふく食べて、部屋に帰る。
ガキは「アンジエも行くから!バアバアと一緒に行くから!」とずっと言っていたが、俺は相手にせず、トイレに連れて行き布団で寝付かせた。
全身が疲労でいかれそうだったので、風呂に入りなおしゆっくり体をのばす。
風呂から上がるとストレッチを十分行う。
研ぎ澄まされた神経が高ぶっていて、眠りは遠そうだ。
焼きワインののどを焼く感覚を味わいながら部屋の隅の暗闇を眺める。
たった数日で色々なものが俺に混じってきた。
早く酔いが訪れるように焼きワインをひたすら流し込んだ。
◆
ダナーンの石垣の外にニドベルク戦士団3000人とダナーン戦士団1500人が集まっている。ダナーンは先発隊で1000人もの戦士を出しているので、この人数を出すと本当に残りは年寄りとガキばかりになってしまう。
ニドベルクも状況はさほど変わらないだろうという話だ。
対竜種の戦いでは馬が怯えてしまうため、基本みな歩兵となり、馬は荷馬隊と伝令が使うのみとなる。
俺はアーンスンの部隊に加わりっており、周りの人間は見知った者ばかりだ。
ニドベルクとダナーンの戦士達を見るとガキや初老の人間が多く見受けられる。
この2国にとってもここが正念場なのだろう、エルフ側はダイモーン直々の出陣で、トロル側は、先のミュートの戦いで王を失った代わりに、新しく王になったばかりのゴーモト氏族の長が戦士を率いている。ニドベルクの新しい王はまだ若く、トロルにしては背が低いのが印象的だった。
腰元の皮袋を見る。
昨日リジルが俺の鹿の皮袋を皮紐で縫ってくれ、ちゃんとした腰にかけられる袋となっていた。蓋も付いて走っても中の石が落ちない。
昨日は体を休めながら、石の投擲を中心に庭で練習を行った。
肩に担いだイカリと背中に担いでいるメイスも、昨日ラハムが来て最後に点検をしてくれた。
準備は整っている。
ニドベルクの王が号令を発すると、静かにニドベルクの戦士達が進軍を開始した。ニドベルクの戦士の後には荷駄隊が続き、後詰にダナーンの戦士が続く。
ダナーンの町へと続く門のところには、多くの人たちが集まり声を上げている。
家族を心配するもの、頑張れと声を上げるもの。
多分ラハムもいるだろう。
今朝のガキの様子を思い出す。酷い暴れようだった。自分も行くと聞かず、屋敷で他の子供と待っているように言い聞かせても、まったく言うことを聞こうとしなかった。
引っ叩いて黙らせようかと思った。だが、涙をぽろぽろ流しながら真剣に俺を見つめるガキを俺は叩けなかった。
迎えに来てくれたアーンスンに、ついでにガキのことも頼んだ。
「悪いが」と俺は頼んだが、アーンスンは「もともとそうするつもりだった」と何でもないようにガキを預けに行ってくれた。
俺はイカリの握り部分を強く握る。
前を見ると戦士達が列を作り、丘の向こうへと向かっているのが見える。
周りのアーンスン部隊の戦士達が緊張した面持ちで歩き出す。
この中の何人が生きて帰れるのか?
頭を振り馬鹿な考えを振り切る。遅れないように俺も歩き出し、戦士達の列に加わる。
戦士達が作る長い隊列は誰も話をすることなく静かに進み、徐々にダナーンから離れていった。