田所修造の場合 21
アーンスンの話は無駄に長く、隣に座るリジルの怒気もあり俺は消耗した。
魔法の話を聞きながら、俺は自分では使えないかアーンスンに教えてもらいながら色々試したが、どうやら俺は精霊魔法を使えないというのが分かった。
というのも精霊魔法を使うための第一歩として、他者より肉体に宿る精霊を使役する祝福系統の精霊魔法をかけてもらう必要があり、魔法をかけられたものは、精霊を感知できるようになるという。
俺はもう既に2つも祝福が掛かっている。意思疎通の祝福と身体強化の祝福だ。
身体強化の祝福は仮名であり、本当に祝福系統の精霊魔法なのか分からないので置いておくとしても、意思疎通の祝福はアーンスンがかけ、現在も俺のマーナを使って俺に作用しているらしい。
しかし俺には精霊が感知できない。アーンスンとリジルに色々言われて目を凝らしたり、集中してみたりしたがさっぱりだった。
魔法が使えるようになると思っていただけに、これはかなり堪えた。
ちなみに祝福系統とは、肉体に宿る精霊を使役する系統で、他にも精霊魔法はいろいろあるらしいが、今回はとりあえずアーンスンとリジルが使える風の系統と熱の系統を見せてもらうことにした。
まずアーンスンの風の系統から見せてもらうことになり、アーンスンが「いきますよ」と声をかけると、手をかざすように前へ押しやった。すると、アーンスンが手を押しやった前方で風が発生し、強い風が俺の周囲で吹き荒れた。
スゲーもんだなと見ていると、アーンスンが変な顔してこっちに手を向けてきた。
不思議に思いながらアーンスンを見ていると、アーンスンが顔を強張らせて固まっていた。
「何だアーンスンどうした?」
「バアフンさん、体…」
「ん?俺の体?」
アーンスンが俺の体を指差しているので、自分の体を見るが別におかしいところは無いように思える。別に鎧も壊れていないし。
「何だよお前、別に変なところなんてねぇぞ」
「え?バアフンさん分からないんですか?」
周りを見るとリジルもアーンスンと同じように顔が引きつって固まってる。
「なんなんだよ一体?気味悪ぃーなお前ら、俺の体だけどなんとも無いじゃねぇか」
「…バアフンさんの体、精霊が大量に集まっています。しかも私の放った魔法がバアフンさんのところだけかき消されました…」
「精霊だ?」
改めて自分の体を見てみるが、特に何か見えるわけでもない。
しかしアーンスンとリジルの反応を見ると嘘をついているとも思えない。
「おいアーンスン、もう一回魔法俺に向けて放ってみてくれ」
アーンスンがもう一度手をこちらに向けると、俺の周囲が強風にさらされた。だが俺自身はそよ風すら感じない。
「…やっぱりバアフンさんに魔法が効いてない」
俺は改めて自分の体を見てみるが、やはりよく分からない。
そもそもさっき魔法を使うため、色々試してみたが結局俺は精霊を感じることが出来なかったのだ。見えるわけないかと思いアーンスンに顔を向ける。
「お前らには俺がどういう風に見えてるんだ?」
体に精霊が集まっていると言われても良く分からない。むしろ目に見えない虫が集ってきているイメージを思い浮かべ、気味悪く感じた。
「…精霊がバアフンさんに集まって光って見えます」
「精霊って勝手に集まってくるもんなのか?」
「そんなこと聞いたことありません…いったいバアフンさんに起こっている現象がなんなのか…」
そう言うとアーンスンは黙ってしまった。
アーンスンの話を聞いて、試してみたいことが出来たので、リジルに声をかける。
「リジル、お前の熱の系統の精霊魔法も俺にかけてみてくれないか?」
「「え?」」
「いや、アーンスンの話では俺のところだけ魔法が掻き消えるんだろ?じゃお前の魔法も消えるのかなと思ってな」
「…わかりました」
リジルはそう答えると俺に近寄ってきて、目の前で手をかざした。
そしてリジルが「ではいきますよ」と言うと、周囲がほんのり暖かくなった。
「暖かいな」
俺が感想を言うと、二人とも「あれ?」と言って人の体をじろじろと見る。正直あまり気分のいいものじゃない。
「精霊、集まりませんでしたね」
「おかしいわね」
人の体をベタベタと触りながら、二人で首をかしげている。
この二人にはもう遠慮って言葉はないらしい。
「…そう言えば、一昨日リジルに回復の祝福をかけてもらった時も、普通に傷治ったな、意思疎通の祝福もかかったしな」
まただんまり状態になったアーンスンが「もしかして」とつぶやき、リジルへ「バアフンさんが怪我するぐらいマーナを投入して魔法使ってみて」と言い出した。
リジルが嫌な顔して「それ危なくないですか?」とアーンスンに言う。
アーンスンは、もし俺が怪我しても回復の祝福が効くなら問題ないとリジルに魔法を使うように言った。
おれもあまり良い気分ではないが、確かめる必要はある。リジルに「やってくれ」と伝えると、リジルが嫌そうに少しはなれて俺に手を向けた。
アーンスンはガキを抱いてリジルの後ろに隠れる。
リジルが先ほどと違い、集中しているのが分かる。そして「いきます!」という掛け声と共に周囲がオーブンの中みたいに濃いオレンジ色に染まった。
「やっぱり何も感じないな」
周囲の雑草を見ると、急激な温度変化によって黒く焦げている。
たしかアーンスン、怪我するくらいって言ってたがリジルやりすぎじゃねぇのかこれ?
「…また精霊が集まった…バアフンさん本当に何にも感じないですか?」
「何にも感じないな」
「…何にも感じない?…全身大やけどになるくらいマーナ投入したのに…」
リジルお前何やってんだよ
「バアフンさんやっぱりそうみたいですね、たぶん精霊はバアフンさんに被害があるような魔法に対してのみ妨害を行うようです」
「それって、俺には魔法が効かないってことか?」
「バアフンさんのマーナによって集められた精霊量を超える攻撃は無理でしょうけど、今バアフンさんが集めている精霊はすごい量ですから、ほとんどの攻撃は無効化できると思います」
「おぉ、それいいな」
魔法は使えないが、魔法が効かないってのはけっこうなアドバンテージじゃないのか?
何だか得した気分になっていると、アーンスンとリジルが何か含んだような眼差しで俺を見てきた。
「まあ、バアフンさんですしね」
「そうね、バアフンさんのこといちいち驚いてるの疲れてきちゃったしね」
こいつら俺の扱いだんだん雑になってきてないか?
アーンスンとリジルは一つため息をついてから俺のところへ来て、後でダイモーン様に聞いておきますと言い、「私達が今見せた魔法について何か質問はありますか?」と聞いて来た。
俺は実際に戦闘でどのように魔法が使われるのか気になったので、アーンスンに聞いてみたところ、風の系統の魔法は放たれた弓を弾いたり、敵を混乱させたり、竜相手では空を飛ぶタイプの竜を撃墜など多彩な用途があるらしい。
竜を撃墜する、これは空を飛ぶタイプの竜が風の精霊の力を借りて羽を使い空を飛んでいるためで、使役している精霊を乱されると、自重の関係でそのまま落ちてしまうそうだ。
竜との戦いでは風の系統が使える術者が、空を飛ぶタイプの竜を地上に落とすことから始めるらしい。
また風の系統は風を起こすだけでは無く、術の操作に熟練すると『風の刃』という風を利用して相手を切りつける攻撃が出来るらしい。
アーンスンも出来るというので、庭にある丸太へ向かって使ってみてもらった。
『風の刃』は丸太にまっすぐに向かい、丸太に当ると丸太を真っ二つにして地面をえぐり地表をかき乱して消えた。
予想外の高威力にちょっと引きそうになった。
そしてまだ少し怒っているリジルにも熱の系統がどのように戦闘で使われるのか聞いた。
リジルは背中から矢を引き抜き、弓につがえると動きを止めた。するとすぐに矢じりが赤くなりリジルは丸太に向け矢を放った。
どうやら魔法を実際に使って見せてくれるらしい。
矢を受けた丸太をみると特に変化は無いように思え、何か効果があったのかとアーンスンに聞くと丸太を見れば分かると言うので丸太を見に行ってみた。
矢を受けた丸太は、矢じりが刺さった部分が焼けて黒くなっている。
リジルの説明によると、熱の系統は何かを媒介として相手に熱を伝えるのが得意な系統らしい。先ほどの矢も生物に刺されば、急所をそれたとしても血肉を焼きその激痛で動きを止めることが出来るという。
いや動きを止めるどころか、それ大怪我じゃねえかと思った。
実演を見せてもらった後、アーンスンより今見た魔法はマーナの投入具合によりその強弱が変化し、マーナの保有量が多いものほど強い力を発揮できるという説明を聞いた。
その他の系統として、アンジエも使える火の系統だが、火炎放射のような真似が出来るみたいだ。アンジエはまだコンロくらいの火を出せる程度だが。なお火の系統は竜自体が火の精霊に抵抗力があるらしく、竜との戦いではあまり役に立たないらしい。
そして最後に祝福の系統。俺は既にリジルより槍で負傷した際回復の祝福を受けたが、アーンスンも使えるらしい。祝福は馴染みのある肉体に宿る精霊を使役するため、使える人間が多いという話だ。また投入するマーナを増やせば、かなりの大怪我でも回復することができ、たとえ腕が千切れても千切れた腕があればつなげられると言う。
ここまで聞いて、何故これほど強力な力を使えるエルフやドワーフなどの妖精族が竜にやられたのか疑問に思い聞いてみたところ、竜自体が精霊魔法を使用でき、火の系統の精霊魔法などに強い抵抗力も持っているためらしい。
魔法使うのかよ竜…とげんなりしたが、竜の使う魔法は火の系統を使ったブレスや、飛行の際使用する風の系統などがほとんどで、レナ山脈の主三つ首の巨竜ズメイ以外は大した魔法は使えないらしい、ちなみにズメイは火のブレスの他に雷のブレスや風の刃を使用でき、その他にも強力な回復の祝福が使用することが可能で、マーナの量も桁違いらしくほぼ不死身という話だ。
ズメイは別として、今まではそんな竜種にでも襲ってくる数が少なかったので何とかなっていたが、相手が集団で襲いかかってくるようになると相手の強靭な肉体もあって、どうしても押されてしまうらしい。
大体話しを聞き終り、俺が黙っているとアーンスンが微笑みながら言った。
「バアフンさんは私達と一緒に戦ってくれると言ってくださったようですが、無理をされることは無いです。これは私達の戦いなのですから」
そんなアーンスンに対し俺は
「お前達が負けていなくなったら、今度は誰が俺のめんどう見てくれんだ」
と返し、イカリを持って立ち上がった。
昼までまだ時間があるから体動かしてくると言って、俺はイカリを振り始めた。
イカリを振るとまだ体が少し流されるような感じがあるので、腰に力を入れてイカリを振るようにした。すぐにでもこいつをものにしなきゃならない。
そんな俺をリジルとアーンスンは黙って見続けた。