田所修造の場合 20
薄暗くなり始めた道を三人で屋敷へと向かっていた。
ガキは腹が減ったと疲れたと言ってぐずったので、俺は背中にイカリを担ぎガキをだっこして歩いた。
ガキは毎食かなりの量を食べているので、大分ふっくらとしてきているが、その体重はまるで重みが無いようにしか思えない。
隣ではリジルが表情を消して黙々と歩いている。
俺達は会話もなくずっとラハムの鍛冶屋より歩いてきて、屋敷に着くまでも会話は無いだろうと思った。
「親方ね、私が小さい頃から面倒を見てくれたんです」
唐突にリジルがしゃべり出したので、俺は少し歩くスピードを抑えた。
「私小さい頃、親方の毛むくじゃらで大きな体が怖くて泣いてしまうことがあったみたいで、それで親方私のことリジルちゃんって呼ぶようになったんです。しゃべり方も私と話すときは出来るだけ怖がらせないように優しくしてたって母さんが言ってました」
「大きくなってから母さんが教えてくれたんですが、親方その頃ミュートの南にある小さな村からダナーンへ避難してきたばっかりで、ほんとボロボロだったそうです、身も心も」
リジルの話を止めないよう、出来るだけ音を立てないようガキを背負いなおす。
「お酒に溺れていたって母さん言ってました。とてもつらい事があったんだろうって」
「でも親方は誰にも何があったかを言わず、その内なんとか立ち直り今の鍛冶屋を始めたんです」
いったん話を止めリジルが俺のほうを向いた。
「実はさっき親方とバアフンさんの話し聞こえてました」
「いい趣味とは言えないな」
「…はい、聞くのを止めようと思ったんですが、親方の声大きいから聞こえてしまって」
ガキは寝たのか静かにしていた。屋敷まですぐのところまで歩いてきていた。
「バアフンさん、私のことは気にしないでください」
俺は歩くのをやめ、リジルに振り返る。
リジルは真剣な表情で俺を見つめており、俺も黙ってリジルを見つめた。
「私はこれでも戦士なんです。この国の人を、みんなを守りたいと思って戦士に志願しました。ですから、私に構わず竜種と戦って欲しいんです」
俺は黙ってリジルを見続け、リジルも黙って俺を見続けた。
「バアフンさんの力、ダイモーン様が言われたとおりでした。あの力だったら竜種にも負けない」
リジルの表情の変化を見逃さないよう、じっとリジルを見続ける。
「…アーンスン隊長と私達はバアフンさんを戦いに出そうとするダイモーン様へ反対しました。これは本当です。だって、同族を助けてもらって、そしてお礼の言葉を言った舌の根も乾かない内に今度は戦争に行ってくれって、何ですかそれは」
「…でも、…今日見ちゃったバアフンさんのあの力、あんなの見せられちゃったら、希望を、持っちゃいますよ…誰だって」
「だから…」
「おい」
リジルの目を見つめそれ以上は言わせない。しっかりと言い聞かすように話しかけた。
「俺は竜を殺してお前達を守るつもりだ。これはお前に言われたからでもダイモーンに言われたからでもない、俺がやりたいからやるんだ」
リジルは黙って俺を見ている。
「お前は自分のことを戦士だと言ったが、俺から見ればお前らはただのガキだ。だから戦場では俺の言うことに逆らったらゆるさねぇ。分かったな」
反抗されないようにかなり強い口調で話した。
俺を戦場へと追いやった責任を感じ、実際の戦闘で自ら危険に突っ込まれてはたまらない。
リジルは納得していないような顔で俺を見ている。
俺はそのまま歩き出し、リジルも慌てたように急いで付いてきた。
もうすぐ屋敷の門が見えるはずだ。
「腹減ったな」
「…」
「夕飯なんだろな」
「…知りません」
「一昨日の夜食った肉を煮込んだ料理美味かったな。あれまた食いたいな」
「…」
「戦争は大人の仕事だ。本来子供の出る幕じゃねぇ。だからお前は黙って俺に付いてくればいいんだ。分かったな」
「…はい」
絶対こいつに戦場で勝手はさせない。もう大男の汚い泣き顔なんか見たくも無い。
俺は後ろから付いてくるリジルを背中に感じながら、屋敷の門へと歩いた。
腹が減ったせいか自然と歩みが速くなるのを自覚した。
◆
翌日朝、俺はリジルを連れて屋敷の庭に来ていた。
とりあえず、武器と防具はそろった。あと分からないのが魔法と敵のことだ。
昨日の夜食事をしながら、魔法と敵の説明して欲しいと頼んだが、リジルは人に説明するほど魔法を理解しているわけではないそうで、今日魔法が詳しい人を紹介してくれるということだった。
「で、こいつか」
俺の目の前にはニコニコしながらアーンスンがいる。
何で朝からこいつはこんなに嬉しそうにしているんだろうか。
「おはようございますバアフンさん!リジルとアンジエもおはよう!」
「おはようございます隊長」
「おはよ!おはよ!」
「…おう」
「バアフンさん、一昨日ダイモーン様と一緒に少し会っただけで、この二日ほとんどご一緒できませんでしたが、今日は時間がありますので私もご一緒させて頂きますよ。リジルより精霊魔法について詳しい人間を紹介して欲しいという点も大丈夫。精霊の具現化など異常現象でなければ、精霊魔法の説明は私の得意分野ですから」
一日会っていなかっただけだが、相変わらずだなこいつ。
俺がアーンスンに気圧されていると、アーンスンは俺の脇でちょろちょろしているガキに向かい手を振って「おいで~アンジエ」と呼んだ。
アンジエは「きゃー」と叫びながらアーンスンに飛び込んで行き、アーンスンにだっこしてもらっていた。
「アンジエここ数日楽しかった?ご飯はちゃんといっぱい食べた?」
「うん!楽しい!バアフンと一緒だから!あと、ご飯もいっぱい食べてる。でもバアフンはお酒ばっかり飲んでて、昨日も夜隠れて飲んでた」
…チッ、ガキが余計なことを、おかげで横に居るリジルから変な圧力を感じる。
「そうなの偉いねアンジエ。バアフンさんお酒はほどほどにしないと」
「アンジエ、バアフンと違ってちゃんとご飯食べてる!バアフン一昨日お酒いっぱいいっぱい飲んでリジルお姉ちゃんに怒られてた」
「あちゃー、バアフンさん子供にそういう所を見せるのどうかと思いますが」
ダメだこのガキ、早く黙らせないと横にいるリジルが、
「でもやっぱりバアフンさんリジルに怒られたんですね、私も見たかったなバアフンさんがリジルに怒られてるところ」
「おいアーンスンもういいだろ、さっさと魔法の講義を始めてくれ」
何がやっぱりだ、女の世間話が始まると終わりが見えない。しかも今の流れは俺にとってあまり良くない。早めに切り上げるのが吉。
「はいはい、じゃあアンジエも下りてね。ではふつつかながら私アーンスンが精霊魔法の講義をさせて頂きます。えーまず魔法とはですね…」
アーンスンは下手な口上をきると魔法の説明を始めた。
俺は横からの圧力を気にしながらアーンスンの話を聞くはめになった。
リジルのやつ怒るとしつこいからな…