田所修造の場合 18
結局そのまま俺とラハムの二人は酒盛りを続け、途中からラハムの弟子達も参加し本格的な飲みとなった。
ラハムも弟子達も話をしてみると愉快な奴らで、とくにラハムの「森林大火災」と言う捨て身の宴会芸は、一気に場をヒートアップさせた。
リジルは「本当に!あんたたち最低だわ!子供だっているのに!」と大激怒しながらガキを連れて奥へ引っ込んで行った。
たった一日であんたと呼ばれるまで評価が下がり悲しいものがあったが、まあ酒もパイプも美味いのでどうでもいいやとラハムと酒を酌み交わす。
昼間から酒を飲み始める完全なダメ人間と化した俺達は、各自の持ち芸を披露しながら飲み続け、リジルが持ってきてくれた鍋を夕食にしつつひたすら飲み続けた。
途中何人か弟子が寝たような気がしたが、もうその頃には泥酔状態で俺もラハムもゲラゲラ笑いながら水のように感じる酒をがばがばと飲んでいた。
気が付くと日が昇っていた。頭が痛く体がだるいのでそのまま寝ているとリジルに起こされた。
周りを見回すと、どうやら昨日そのまま中庭で寝てしまったらしい。頭がものすごく痛い。
俺が「…うぅ…リジル、水」と言うと「もう!飲みすぎなんですよ」と言いながら冷たい水をくれた。
体中が水分を欲しており、コップの水を一気にあおる。
胃に水が落ちていく感覚がはっきりと分かる。水がすごくうまい。
首をバキバキ鳴らしながらまわすと、やっぱり頭が痛い。
周りを見回すと中庭は壷や鍋が散乱し、粉々になった木材やら鉄くずやらも散らばっており酷い有様だった。
不思議に思ったが頭痛のほうが切迫していたので後で考えることにする。
「リジル、顔洗いたい」
「あっちに井戸ありますから、そこで洗ってきてください。それとみんなもう起きて朝食も済ませたんですから、バアフンさんも早く顔洗ってきてくださいね」
なんかリジルのしゃべり方が少しとげとげしい。
「おう」と返事をし井戸に向かい顔をあらう。水が冷たくて気持ちよかったので、桶にたっぷりと水を汲み頭をつっこんで頭も洗う。
口を何度もゆすいでから作業場の奥へ行くと、ラハムと弟子共が死んだように椅子に座っている。
「奴らもか…」と突っ立って見ているとガキが飛びついてきた。
なぜかムスッとした雰囲気のガキを抱え席に着くと、やっぱりムスッとした雰囲気のリジルがドン!と俺の前にスープを置いた。
黙ってスープを飲み始めると、腹も減っていたこともありスープは美味く、スプーンも使わずそのまま飲み干した。もっと飲みたかったのでリジルに「スープおかわり」と言ったら、キッと睨まれた。
リジルは俺を睨んでからスープのおかわりを持ってきてくれた。
俺はまたスープを黙って飲みながら昨日の記憶を探るが、夕食に鍋を食べ始めたところくらいから記憶がぼやけてよく思い出せない。
スープを飲み終わると、リジルが空いた皿を掻っ攫うようにして持って行った。
完全に怒ってるな。
リジルが離れている隙に、低い声で目の前で死んでいるラハムへ「おい、おいラハム」と声をかけるが、「…俺、今日無理」と唸るように返事を返すと死体に戻った。
周りの弟子共を見るともっと無理そうだ。
使えねえなと愚痴っていたらリジルが洗い物を終えて帰ってきた。
リジルは私怒ってますオーラを振りまきながら近づいて来て、俺の目の前で立ち止まった。
「バアフンさん、昨日のこと覚えてます?」
絶対聞かれると思ったが、生憎覚えていない。
しかし、正直に覚えていないと言ったら鬼の首取ったように責められるのは目に見えていたので「ああ、何となくだが覚えてる」と嘘ついてみた。
「昨日はいくらなんでも飲みすぎです!バアフンさんお酒を飲むといつもああなんですか?」
「いや、昨日はさすがに飲みすぎた。思いがけなくラハムと気があって、ついな」
「もう、親方と仲良くなったのはいいんですけど、今後昨日みたいのはダメですよ。いいですね」
「ああ、分かった」
なんか上手いことリジルの怒りをそらせたっぽい。
「それと、アンジエ昨日バアフンさんと一緒に寝れなかったので、ずっと泣いていたんですよ。可哀想に朝も粗相しちゃったし」
「いやそれは毎に「ともかく!しばらくバアフンさんは禁酒です!」
「…」
「禁酒ですよ!いいですね!」
「…ああ」
リジルは俺の返事を聞くとある程度落ち着いたのか「じゃあ私屋敷で用があるので、バアフンさんは親方達の面倒を見ていてください」と言い残しさっさと出て行った。
お袋のような押しの強さに、ほんとにリジルは17歳なのか確信が持てなくなりながら、俺はリジルの後姿を見送った。
リジルが去ると部屋はガキと死体がいるだけで、急に静かになった。昨日ラハムからもらったパイプを取りだし、途中で消した葉に火を付けて煙をふかす。
暇そうにしているガキに「昨日何があったか知ってるか?」と聞いたが、「知らない、でも大きな音してた」と言った。
木や鉄の破片が散乱しているところを見ると、多分俺がやったっぽい。
俺が「マジで禁酒かよぉ」と伸びをしながらつぶやくと、ガキが「お酒ダメ、絶対」とどこかの標語みたいなことを言った。
リジルの奴か?つまらない事をガキに仕込んだのは
俺は最悪だなと思いながらパイプをふかし軽く頭をふる、違和感はあるが耐えられない程ではなくなっている。
パイプをふかしながら昨日のことを思い出す。昨日庭で武器を試した時のことを。
まったくいい所がなかった。自分の無様な姿を思い出し、悶え出したくなるのを堪えながら何がいけなかったか考える。
剣は上手く振れたような気がしたが、結果を見ると気がしただけなんだろう。
何が悪かったかはいくら考えても確かなことが分からなかった。もし剣を使うとするなら、誰かに教えてもらう必用がありそうだ。ただ、その時間があるのか気になる。ダーナはすでに襲われたとリジルは言った。そしてすでに各国が戦士団を再度組織し動き始めていると。
のん気に習い事をしている時間は無いだろう。
それに、剣と槍、両方とも少しでも扱いを誤ると壊れてしまいそうな脆さを感じる。そんな武器で戦うなんて、正直自信が無い。
それに比べると今まで使ってきた鉄の棍棒はそんな危うさは無い。力が強すぎる俺には、こういった鈍器のほうが合っているのかも知れない。
もう決めてしまった。俺は戦いに参加すると。
そして戦う相手は竜だという。
相手は巨大で、小屋ほどの大きさの者もいるとリジルが言っていた。
手元の棍棒を見ると、そんな化物相手に出来そうにない。
もっとでかくて丈夫な鈍器が欲しい。
向かいのラハムの様子を見るとまだまだ復活しそうに無い。俺は席を立つと引っ付いているガキを貼り付けたまま、ラハムのために水を取りに井戸へ向かった。
◆
リジルは昼前に俺達の昼食を抱えて戻ってきた。
ラハムは少し前に復活し、弟子共はどうしても無理だと言って自室に帰った。
復活したラハムに昨日のことを聞いたが「木屑に鉄くず?何だそれは?」とどうやら俺と同じ状態らしい。
リジルはある程度機嫌がなおったようで「すぐに昼食の準備しますからね」と俺達に言うと昼食の支度にかかった。
俺とラハムもリジルのご機嫌を取るために、食器の準備などを手伝った。
弟子共は飯を食えないということだったので、俺達だけで済ますことにした。昼食はスープに蒸した芋とパンだった。
昼食を済ませるとリジルが「では」と切り出し、俺達がここに来た本来の目的である、俺の力に見合う武器を探している事をラハムに説明した。話の中で「昨日の夜あれだけやればバアフンさんの力がどれだけ凄まじいか分かると思いますが」と言っていたが、ラハムも覚えが無いようで首をかしげていた。しかしラハムは話を聞き終わると、余計なことをリジルに言わずに「そう言う事なら中庭はさんだ向こう側の倉庫で探すのが早いだろう」と言って、俺達に「案内する」と席を立った。
中庭に出ると相変わらずの惨状だ。
こりゃ片付も一手間だなとか考えていると、ラハムが立ち止まった。
なんか小声で「なんだこりゃ?」と言っている。ラハムの奴中庭をまだ見ていなかったらしい。
急にラハムは鉄くずに駆け寄り拾い上げて確認すると、向かいの建物へ走っていった。
俺とリジルとガキが後から追いかけると、膝を地面につき、うなだれているラハムがいた。
「おいラハム、大丈夫かお前?」
「…無い」
「え?大丈夫じゃ無いのか?」
「ちげぇ、この倉庫に置いておいた納品前の武器が無いっつってんだぁ!」
外の残骸と無くなった倉庫の武器。何となく想像は付くが余計なことは言わないほうがいいだろう。
「そりゃ無いですよ。昨日の夜、親方とバアフンさんが暴れて全部壊しちゃったじゃないですか」
ラハムはまったく記憶に無いのだろう「え?」とつぶやくとリジルのほうをじっと見つめた。
「バアフンさんがどれだけ力があるか試すとか言い出して、倉庫の武器をバアフンさんに持たせて薪用の丸太切らせたり、その内バアフンさんに丸太投げつけてバアフンさんがそれを打ち落としたり、もう二人とも大暴れ、それはもうめちゃくちゃでした」
リジルが続けて冷淡に言い放った言葉を聴くと、ラハムは完全に思考停止した様子だった。
俺は置物と化したラハムを放置し、一人で倉庫の中を物色し始めた。リジルの矛先がラハムを向いたらしく、ラハムはリジルにぐちぐちと何か怒られている。
ガキが短剣で遊ぼうとしていたので取り上げると「やだ!アンジエの!」と騒ぎ出したので、「ほら!肩車してやる」と肩車をしてごまかす。
最近肩車が気に入ったようで、ガキの注意が短剣から俺に移った。
倉庫の中はけっこう広く、リジルが全部壊したと言っていたが、奥のほうはまだ武器が多く残っていた。ガキを肩車してずんずん進んでいくと、奥のほうには武器以外にも良く分からないものが多く置いてあり、ガキは探検気分か「きゃー!バアバアあっち!あっち!アンジエあっち行きたい!」と興奮しっぱなしだった。
適当にガキをあやしながら進んでいると、壁に引っ掛けられているそれを見つけた。
近づき、壁からそれを取り外す。
手に持つとでかくてちゃんと重さを感じる。しっかりそこにあると感じられる。
これは武器じゃ無いが、俺の考えていた条件をクリアしている。
しばらくそれを握って見ていたが、試してみたくなり、これを持ってきた道を戻った。
途中ラハムとリジルがこれを抱えた俺を呆然と見ていたが、そのまま無視して通り過ぎ中庭に出る。
こいつが使えるなら竜だって何とかなる気がした。
後ろからラハムとリジルが慌てて駆け寄ってくるのに気が付いた。
俺はガキを肩からガキを下ろし、それを上段に掲げる。
しっかりと伝わってくる重さは、初めて武器を持つような実感があり悪くなかった。