田所修造の場合 17
俺とリジルとガキは三人で普段戦士が訓練を行うという広い庭に来ていた。
俺は脇に数種類武器を抱えており、ここでどの武器が俺に合っているのか試すつもりだ。
武器庫から持ってきたのは俺の身長くらいある大振りの剣と、農耕で使うでかい鎌、あと槍を一本。
武器庫にはそれほど武器の種類が無く、リジル達が装備しているような弓や剣は多くあったのだが、俺が求めるような大型の武器はほとんど無かった。持ってきた3つの武器も鎌以外は武器庫の奥のほうから引っ張り出してきたホコリを被った代物だった。
とりあえず剣を手にとって上段より振り下ろしてみる。
大きな風切音がしてリジルとガキが「おおぉ!」と歓声を上げる。
何か重さをほとんど感じないためしっくり来ない。何度か振ってみるが、やはりよく分からない。
俺がなれない剣を振り回していたら、リジルが木剣の打ち込み用の丸太を切ってみたらどうだろうと言ってきた。
そんなに太くない丸太だし、俺の棍棒だったら難なく粉々に出来る大きさだ。問題無いだろうと思い「うおおお!」と気合声を上げて思いっきり袈裟切りに切り下ろす。
けっこう上手く振れたと思ったが、丸太を見てみると大きくえぐれた傷があったが切断は出来ていなかった。そして剣を見てみるとつばの少し上から先が無くなっていた。
周りを見回すが飛んでいったと思われる剣の刃の部分は見当たらない。
刃の無くなった剣を見つめていると、ガキとリジルから微妙な視線を感じた。
「まあ剣は得意じゃないしな、槍だったら大丈夫だろう」
誰に言うとでもなく言って、槍を手に取る。
ぶんぶん振り回してみると、やはりすごい風切音がするが、やはりというかさっきよりもしっくり来ない。そもそも槍の扱い方を知らないことに気が付く。
しかし物は試しと槍を腰だめに構え「だあああ!」と叫び、丸太に突っ込みながら突きをかました。
結果は丸太に穂先が突き刺さった瞬間槍が折れ、体ごと突っ込んでいった俺に折れた槍が刺さった。
幸い傷は深く無く、槍の破片を取り去り、リジルが回復の祝福をかけてくれてすぐに治ったのだが、体に槍が刺さった時に「ぐおっ!」という叫び声を上げてしまい、なおかつそのまま仰向けに倒れてしまった姿がひどく格好悪く、あまりの無様さにガキさえも押し黙り、場を沈黙が包んだ。
リジルが場をとりなすように「バアフンさんは力が強すぎるので普通の武器じゃ耐えられないのですね」とか「やっぱりホコリまみれだった武器に問題があったのかも」とか必死に言っているのを聞くと余計に情けなくなった。
もしかしてこの丸太が硬いのかも知れないと思い、ベルトに差していた棍棒を抜き出し、軽く丸太へ振った。
しかし丸太が特別硬いはずも無く、あっけなく粉々となった。
もうかける言葉も見つからないのだろう、リジルは俺に声を欠けるのを止め、再び深い沈黙が訪れた。
そして自然と3つ目の武器であるでかい鎌に注目が集る。
確実に折れるな、と思った。
多分リジルも同じ事考えているだろう。
俺達3人は結局でかい鎌は試さず武器庫にもどし、折れた剣と槍のことは気にしないことにした。
武器庫を出るとリジルが、屋敷の武器庫はエルフの戦士が使う物しか置いていないので、街のドワーフが開いている鍛冶屋をのぞきに行くのはどうだろうと提案してきた。
俺もこのままでは面目丸つぶれのままなので、すぐに同意し三人で街の鍛冶屋へと向かうことにした。
来る時とはまるで違う空気に耐えるためか「ドワーフの有名な方がやっている鍛冶屋なんですよ」と、会話を頑張るリジルを見ることが出来ずに、うわの空を装い「へぇ」と適当に返しながら一人先頭をあるいた。
今更だが意固地な自分が嫌になる。しかしこのままで終わらせるつもりは無い。絶対にこいつら二人を見返してみせる。
「バアバア!待ってバアバア!」と後ろから聞こえてきたが、無視してもくもくと道を歩いた。
◆
鍛冶屋まではそんなに距離は無くすぐについた。
途中までガキのことを無視していたが、ガキが泣き出したのでおんぶする羽目になった。確かに大人気なかったが、リジルに怒られ少し傷ついた。
目的の鍛冶屋は鍛冶屋が集まる町の一角に、大きな屋根よりもくもくと煙が噴出す立派な構えの家だった。
リジルが「ごめんくださ~い」と言いながら入っていくのに続いて、俺もガキをおぶりながら家に入る。
家に入るとむっとする熱気に包まれた。作業場なのだろう、部屋で仕切られていない大きな土間となっており、数人の男が忙しそうに働いている。
上着が汗でびっしょりと濡れながら一心不乱にハンマーを打ち下ろしている者、鉄の焼け色を炉の前で慎重に確認している者、息を止め研ぎに集中するものなど、まさに職人といった雰囲気で、見ていると血が騒ぐものがある。
リジルが「親方いらっしゃいますか?」と奥にむかい声をかけると、がっちりとした毛むくじゃらの男が奥から出てきた。
「リジルちゃんか!どうした、お前んちの包丁は研いだばかりだが、腰のものの調子でもわるくなったか?」
「お久しぶりです親方。今日は親方にこちらの方の武器を見繕ってもらいたくて」
「…ん?なんだお前、見ねえ顔だな…」
初対面でお前呼ばわりかよと思ったが、武器のためだと自分を抑える。
「ああ、最近こっ「リジルちゃん、ここは熱いから早く奥に来な、ニドベルクの茶冷やしてあるから」…」
「親方ありがとう!もうのどカラカラで、さっバアフンさん行きましょう!」
「…ああ」
この豚やろおぉ…
「あー中庭涼しい!あ、親方ありがとう。あー美味しいこのニドベルクのお茶!」
「美味いかっ、ほらそこのちんまい嬢ちゃんものど乾いただろ?ほれ冷たいぞ」
「冷たい!甘くて美味しい!」
「嬢ちゃんのは砂糖大目に入れたからなっ、冷たいからゆっくり飲むんだぞ」
「うん!」
「バアフンさんどうしたんですか?お茶美味しいですよ?」
「…ああ」
いちいち声がでかいんだよ…
「おいリジル、紹介がまだだな」
「なんだお前っ!リジルちゃんを呼び捨てとはっ!」
「ちょっと親方!バアフンさんすごい戦士の方なんですよ!」
「そんなもん関係あるかっ!さっきから不景気な面しやがって、あげくリジルちゃんを呼び捨てとはこの野郎っ」
「なんだとは何だこのやろおぉ!てめえこそあった瞬間から人様を無視しやがって!リジルリジルって、ロリコンかてめぇはっ!」
「ちょっ、何でいきなりケンカになってるんですか!やめて二人とも、ちょっともう、いい加減に離れなさいっ!」
リジルが俺と、俺に襟首捕まれて吊り下げられながら、必死に俺に掴み掛かっているブタとの間に強引に入ってきて切れた。
しょうがないのでブタを下ろすと、ブタは頭を真っ赤にして怒っていたが、リジルに睨まれ引き下がった。
いい気味だと思っていたら、俺までリジルに睨まれた。
あれ?リジルってこんなキャラだっけか?
「バアフンさんはダナーンの客人待遇の戦士様で、私が面倒を見るようにダイモーン様より指示をされているんです!バアフンさんもっ!何ですか親方に向かってロリコンって!親方は私が小さい頃から面倒を見てもらっているんです!それを言うに事欠いてロリコンだなんて!」
俺とブタは噴火したリジルの怒りを、ただ黙って見てた。
リジルの怒りは俺がさっきガキを泣かしたことや、ブタの人見知りする点にまで飛び火し更なる炎上を続けた。
しばらくして、ブタはリジルの怒りが鎮火するタイミングを見計らい、懐からパイプを取り出し葉を詰め始めた。
「あっ」
思わず声が出た俺を、ブタが不審そうに眺め「なんだ、お前もやるのか?パイプはあるのか?」と聞いてきた。「いや無い」と答えると「ちっ」と舌打ちし奥に引っ込んでいった。
イラっと来たが、またリジルが怒りだすと面倒なので抑えていると、リジルが「ちょっとアンジエがおトイレ行きたいって言ってるんで少し離れますけど、もうケンカしないでくださいよ!いいですね!」と言って離れて行った。
リジル絶対結婚したら旦那を尻に敷くタイプだなとか考えているとブタが戻ってきた。
「おい、使い古しだがまだ使える、使うか?」
「…いいのか?」
「ふんっ、別に俺が持っていても使わんからな、お前にくれてやる」
「…おう、悪いな」
俺はブタからパイプを受け取ると、ブタの見よう見まねで葉をパイプに詰めた。詰め終わるとブタから火を貰い吸ってみるが、火が葉に回らない。
てこずっているとブタが「なんだお前…パイプやるんじゃ無かったのか?」と聞いてきたので「俺の国は紙で葉を巻いて吸うのが一般的なんだ」と答えると、無言で俺のパイプを奪い「なんだすかすかじゃねえか、もっと葉を隙間無く詰めなくちゃ火なんざ回るわけねえだろ」とぎゅっぎゅっと更に葉を詰めてパイプを返してきた。
返されたパイプに火をつけてもらい、最初は強く短く吸うんだというブタのアドバイスどおりに吸うと火が回って煙が出てきた。「火が回ったら強く吸うなよ、口の中火傷するぞ」「煙をくゆらせるだけにするんだ」と言うブタの話を聞きながらパイプをくゆらせる。
昔吸った葉巻の要領でパイプをくわえたまま煙をふかしていると良いタバコの香りがした。
ブタと二人で座りながらパイプをふかす。
ブタが一緒に持ってきたのだろうコップに酒らしき物を入れたものを渡してきた。
黙って受け取る。
「ラハムだ」
「バアフンだ」
酒を飲むとブランデーみたいな味がした。
「美味いな、この酒」
「とっておきの焼きワインだ」
ラハムはそう言うとニヤッと笑った。
しばらくしてリジルが帰ってくると「…あきれた、もう仲直りしてお酒のんでる」と言った。
俺とラハムは苦笑いして酒を飲んだ。
「もうバアフンさん武器!武器見るんじゃなかったんですか!」
「いいんだよ今パイプ吸ってるんだから、後で見る」
「リジルちゃん、お母さんに言ってつまみ持って来てくれ」
「もう親方まで、しょうがないな… ちょっと二人とも少しまってて下さいよ」
そう言うとリジルは小走りで出て行った。口調ほどは怒ってなさそうだ。
それにしてもこの酒美味いな。
ラハムにそう言うと奴は嬉しそうに笑った。