田所修造の場合 16
俺は黙って椅子に座り、向かいに座ったリジルを見ていた。
リジルは居心地が悪そうにしながら部屋の中の重たい空気に耐えているようだ。
ガキは部屋に戻ってくると俺の足にじゃれ付いてきて、遊んでくれと要求してきたが、俺が黙って椅子に座り相手にしないと分かると、今度はベットでふて腐れ布団に丸まっている。
リジルが空気に耐えかねたのか「飲み物でも取ってきますね」と言うのを「いいから座ってろ」と制して椅子に座らせる。
リジルは泣き出しそうな顔をしながら椅子に座りなおす。
「お前何歳だ?」
俺が口を開いたのに驚いたのか、質問の内容に驚いたのかリジルは少し固まって、そしておずおずと口を開いた。
「17歳になりました」
「この国では17歳のお前みたいな子供が戦士になるのが当たり前なのか?」
リジルは部屋の空気に耐えかねている様子で、黙って首を横に振った。
「アーンスンの部隊がソール村に行ったのは大量発生したゴブリン共の調査と討伐が目的で、当然危険が多い仕事なはずだ。だがアーンスンの部隊はまだ子供と言っていい奴らで構成されていた。この国には大人の戦士はいないのか」
「…いえ、そんなことはないのですけど」
出ない声を絞り出すように返答し、またリジルは押し黙った。
俺はだまってリジルを見つめ、話し出すのを待つ。
「…ここ数年異常な現象が見られるのです… ダナーンだけの話ではなく、周りの国全てで。 …各地でゴブリンや凶暴な巨人のオルグに襲われる被害が続出し …そしてレナ山脈の竜種によってミュートが落ちました」
「たしかドワーフの国だったな」
「そうです、昔からレナ山脈にあるミュートは竜種による被害がありましたが、せいぜいジラントやリンドドレイクによる被害程度でした」
「ジラントとリンドドレイクとは?」
「ジラントは翼竜とも呼ばれる前足がない小型の竜種です。リンドドレイクは陸竜と呼ばれる翼の無い竜種のことです」
話の途中で口を挟んだ俺は黙ってリジルに話の先をうながす。
「…ミュートが落ちる前、今までに無い規模の竜種の襲撃があり、ミュートは各国に救援を要請しました。ニドベルク・ダナーン・ダーナ・マーリンが戦士団を出し竜種に対抗したのですが、山脈の主と呼ばれる三つ首の巨竜ズメイが現れ、戦士団は壊滅しミュートは滅びました。これまでズメイは山脈の奥深くに居て決して出てくることはなかったのですが」
「それで大人の戦士が少なくなって、お前のような子供も戦士として戦っているって訳か」
「…はい、ミュートでの戦いで各国ともその主力のほとんどを失いました。各地で続出する被害に対応するために、魔法の適正があるものを中心に戦士団を組織しなおしています。これは各国どこも似たような状況です」
「昨日見た国の内外にいる難民のようなのは?」
「…ミュートが落ち、ドワーフ達が各国へ避難した後、竜種の被害は一時治まっていたのですが、先日ダーナで竜種の襲撃があったそうです。それでダーナ自体は守り通せたようなのですが、周囲の村はかなりの被害が出て、その被害に遭われた方たちがこのダナーンへ落ち延びてきたようです」
「それで、今爺さん達は忙しいと」
「…はい、ダーナを落とさせる訳にはいきません。再び各国が戦士団を組織し竜族の進行をくい止めるため動いています」
「人間の国バロールは?話に出てこなかったようだが」
「バロールはマルタ山脈の竜種の対応で手一杯のようです。マルタ山脈にもズメイのような主が2体もいて、現在山脈を越えること自体が困難です」
会話が止まり再び部屋が静寂に包まれた。
リジルの表情が緊張のため引き締まり、まるで面接を受けに来た学生のように見えた。
「この服じゃ駄目だな」
俺が口を開くとリジルは何のことか分からないという表情をした。
「この服じゃ動きにくい。前リジル達が着ていたようなもっと体にフィットした服が欲しい」
言い直したが、リジルはまだきょとんとした顔をしている。
「リジル、爺さんに何か言われたかもしれんが、無視しろ。それとこれから確認したいことがいろいろある。まずこの国にある武器を見たい。あと武器を振り回せるような広い場所へ行きたい。できるか?」
「…服と武器は問題ないですが、ダイモーン様が言われたことって…」
「言われていないのならいい。ただ、爺さん余計なこと言ってそうだからな。言ってたら無視しろ」
「…わかりました」
リジルは黙ってその場に座り続け、何か俺に言いたいことがあるようだったが、結局何も言わず、武器庫を見に行けるよう手配してくると言って部屋を出て行った。
部屋に残された俺は、ベットから聞こえるガキの愚痴を無視し、黙ってリジルが出て行ったドアを見続けた。
◆
時間が掛かっているようで、なかなかリジルが戻ってこない。
ガキはベットでふて腐れている内に眠ってしまい、部屋は静かだった。
この国のトップ、ダイモーンのことを考える。
アーンスンからゴブリン共を始末した話は当然聞いているだろう。身体強化の祝福というやつがあるらしい俺は、今のダナーンにとって戦力として加えたい存在のはずだ。もしくは、あわよくば加えたいという程度かもしれないが。
年寄りのからめ手は鬱陶しく思うが、組織のトップとして今のダナーンを考えると、使えるものを何でも使おうとするのは理解できる。
爺さんは、戦士にならなくとも生活ができるようにすると言っていたが、そんなつもりは無いだろう。国情が安定していない時に無駄飯食らいを抱えるような間抜けには見えなかった。
問題なのは俺自身だ。
ゴブリンと戦ったのはそうせざる得なかったからで、戦士となり殺し合いに行くのとは違った。戦士として殺し合いが出来るかと聞かれれば、自信など無いし出来ないと答えたい。
だが、俺が戦いにでなくてもリジルは戦いに行くだろう。
子供が戦いに行って、俺は安全なところで知らん顔か?
もしリジルやアーンスンが死んだと聞かされたら、安全なところに隠れていた俺は、その時耐えられるのか?
違和感はあるし、この選択が正しいとも思わない。
でも、今の俺にはこれしか選択できそうにない、爺さんの喜ぶ顔が目に浮かぶようでいまいましいが。
まずやれることをやって、その上でもう一度爺さんに地球に帰る方法を聞く。
爺さんが本当に知らないようなら、その時また他の方法を考える。
いつまでもうじうじ考えるのは性に合わない。
不安は動いて消す。
ドアからリジルの部屋をおとなう声が聞こえた。
「おう」と返事するとドアを開けリジルが入ってくる。手に抱えているのは俺の要求した服だろう。
リジルは俺を見ると少しはにかむように笑った。先ほど話しをしていた時の切羽詰った様子は無くなっている。
よく分からんが、とりあえず服を受け取り浴室で着替えを済ませる。少し動いてみて服を確かめると問題はなさそうだ。
浴室から出て「手配は出来たか?」と聞くと、「はい」と短くリジルが答えた。
リジルの返事に頷き、部屋を出ようとしたところでガキが飛びついてきた。
「アンジエも行く!」
狸寝入りかガキ。
さすがに危ないのでガキに部屋で待ってろと命令するが、まったく言うことを聞かない。リジルも優しくガキをさとしたが、ガキは俺に張り付いて「やっ!絶対行く!」と離れようとしない。
もう面倒なので「俺とリジルの言うことをちゃんと聞けよ」と言って連れて行くことにした。
ガキは嬉しそうに「うん!」と返事をしたが、不安なのでガキを捕まえ肩車して行く事にした。勝手に武器にさわり怪我でもされたら大変だ。
ガキは俺の頭をバシバシ叩き喜んでいる。
こいつには一回しっかりと教育せねばならん。
そう言えば、何でいつまで経ってもガキが俺と一緒にいるんだ?
不思議に思いリジルに聞いてみたが、リジルも分からないそうだ。
後で爺さんに聞きに行くかと考えながら、俺達は武器庫へと向かった。