田所修造の場合 14
みんな集まったところで、昨日の約束の『身体強化の祝福』の効果を見せることになった。正直俺はバアフンの名前が正式決定してしまったことにより、そんなテンションじゃなかったんだが、リジルを筆頭に見せて見せてと煩かったので、棍棒を手に近くの細目の木を引っ叩いた。
引っ叩かれた瞬間、木は叩かれた部分が爆発したように折れ、ゴロンゴロンと転がっていった。
まわりのみんなはドン引きしてたが、俺は少し気がまぎれたような気がした。
いや、やっぱり気分は極めて悪い。
その後さっさと朝食をすませた俺達はダナーンへと向かった。
朝食は昨日のスープに、粉を入れたものを飲んだ。味は、まあまあだったように思う。
それよりもさっきからガキが俺の背中でバアフンバアフン煩い。
俺を呼んでいる訳では無く、機嫌がいいのか歌を歌っているのだ。音程がめちゃくちゃなのでひたすらバアフンと言っているだけなのかも知れないが。
ガキはやっぱり理解できねぇ、まあその内疲れて静かになるだろう。
昼、休憩と食事のため街道沿いの開けた場所に落ち着いた。食事は硬いパンと水で済ませることになったのだが、俺はアーンスンに頼み朝のスープが残っていると言うので分けてもらい、急いで焚き火で暖め味を調え(塩貸して貰った)ガキに飲ませた。
アーンスンが「バアフンさん優しいですね」とか何とか言っていたが、そうじゃねぇ。ガキが煩いのだ。
ガキの元気は尽きることを知らず。午前中、俺はずっと意味不明な歌を聞かされ、挙句バシバシ頭を叩かれ、髪を引っ張られる始末だった。「ガキ!大人しくしろ!」と注意しても、ガキはまったく静かにならないし。
ちょっとガキが俺になれ過ぎて、なめられてるのかも知れん。
ゲンコツで大人しくさせようにも、今の俺じゃ大惨事になりかねんし、しょうがなくガキを満腹にさせて眠らせることにしたのだ。
パンだけでは硬くて食いずらかったのだろう、もたくたしながら食が進まなかったガキも、スープを与えるとパンをスープに浸してやわらかくすることで食が進みだした。
「おい、美味いか?もっと食えよ、ほらスープももっと飲め」
「うん!スープ美味しい!もっと飲む!」
俺はせっせとガキに給仕をしながら、ガキに出来るだけ食料を詰め込む。
何か周りから温い視線を感じるが関係ない。
午後は静かにしてもらうぞガキ。
そして馬に十分休息を与えてからダナーンへ向けて出発した。
俺はガキを大きめの布と鹿の皮でぐるぐる巻きにして背中にくくり付けた。
アーンスンがどうしてそんなに布を巻きつけるのか聞いてきたから、「午前中少し寒かったからな」と適当に返しておいた。
無論本当はガキを暖めて寝かしつけるためなのだが。
作戦は上手く運び、ガキは出発して少ししてからすぐに眠りだした。
俺は静かにゆっくりと景色を眺めながらダナーンへ向かうことが出来て、悪くない気分だった。
ただそれも、途中でガキがまた漏らして騒ぎ出すまでの、ごく短い間だけだったが。
◆
夕日が空を赤く染め始めた頃ダナーンに到着した。
ダナーンへ向かう道は、ダナーンに近づくにつれ、少しづつ森が開けていき麦畑を良く見かけるようになってから、丘を越えると急にダナーンが見えるようになっていて、巨大な丘を囲むように高い石垣が並べられており、ダナーンの中心には巨大な木が生えていた。
かなり壮大なスケールに圧倒されたが、ダナーンへ近づくにつれ、道端にボロボロで疲れきった様子の人達が目立つようになった。
不思議に思い前のアーンスンに「どうしたんだ?あの人たち」と聞くと「分からない…」と頭を振り押し黙った。
アーンスンは隊に「駆け足!」と号令を出すと、馬を急かして走らせた。
何か感じ取ったのか、ガキが俺の首に回している腕にぎゅっと力をいれた。
高い石垣に囲まれた門を通って中に入るとダナーンの町並みが見えた。
門は大勢の兵士が居て物々しい雰囲気だったが、アーンスンの姿を確認すると馬から下りる必要も無くそのまま通りぬけられた。
街の中は木々が多く茂っており、建物などは半ばその木々を利用したようなものとなっている。独特な風情があり、思わず「すごいもんだな」と言葉がもれる。
アーンスンは先ほどから余裕が無くなっており、反応はない。さすがに街中に入ってからは馬を走らせることは無かったが、じりじりとしており、もどかしそうに馬を進めている。
街の中も、ボロボロの姿で疲労のためかうずくまってしまっている人たちが多くおり、炊き出しのようなものも見受けられた。
一種異様な雰囲気が街中に漂っており、アーンスンの周りを馬で駆けている隊員も、緊迫した表情を浮かべている。
何か戦争でも始まるかのような、一種のきな臭い匂いを感じ空をあおぐ。
(もう厄介事は勘弁してほしいもんだな)
そのまま隊は街中を進み、中心部へそびえる巨大な木の根元へと進んでいった。
巨大な木の根元には大きなウロがあり、その穴を利用して大きな屋敷が納まっていた。
隊は騎乗で建物の外にある外壁部まで来ると、門のところで馬から降り門番への手続きをしてから中へと入っていった。
隊の人間は急ぎ報告と確認をしたいことがあるということで、俺とガキとは別行動になった。俺とガキはとりあえず客人扱いになるらしく、リジルが付き添ってくれ、屋敷の客人用の部屋へと案内してもらった。
木のウロの中にある建物なので薄暗いかと思ったが、入ってみると天井には一定の間隔で光が配置されており、むしろ明るいくらいだった。
リジルに聞くと光は精霊魔法の一種で、昼間の間は光を強くし、夜になると光を抑えるように調整するらしく、街中でも同じようにこの魔法が多用されているそうだ。
屋敷に入ってからガキはようやく安心したのか、先ほどまでビクビクした感じが無くなった。街中を進んでいる時雰囲気に当てられたのかずっと怯えていたのだ。
ガキはリジルに手をつないでもらい嬉しそうにしてる。
俺はそんなガキとリジルの後ろを物珍しげに屋敷の中を見回しながら着いていった。
部屋に着くと案内されたのが結構広い部屋で驚く。内部を確認すると、木でそのまま編み上げたような不思議なベットが二つあり、しっかりした椅子とテーブルが備え付けられた立派な部屋だった。
リジルが人を呼び、あれこれ指示を出している。
ガキはベットにダッシュし「きゃーきゃー」と跳ねて遊びだした。
ガキの体力はホントすげぇな。
リジルは俺をつれ部屋の使い方を説明してくれた。異邦人だと分かってくれているリジルが居てとても助かる。
部屋にはトイレは無かったが、予想外に風呂が付いていた。なんでも地面の中にある熱いお湯を地底の精霊に頼んで引いてきているらしく、一般的にこの国では皆風呂に入る習慣があるそうだ。
急ぎ部屋の隣にある風呂場へ行くと、大人二人がぎりぎり入れるくらいの木桶へお湯がかけ流しにされていた。
お湯を確認する。匂いは無いが白色に濁っているから多分温泉だ。温度は個人的に少し温いが問題ない。
部屋へ戻るとリジルが俺とガキの着替えを一式用意してくれていた。
俺とガキの格好がものすごい事になっているから、まず一番に手配したと俺に言った。
リジルの使える奴っぷりに衝撃を受け、リジルへ心から感謝し、まず着替える前に風呂に入りたいと伝えると、リジルも一度屋敷内にある自室へ戻るらしいので、しばらくしてから迎えに来てもらい一緒に食堂へ行くことになった。
リジルが部屋を出て行くと、すぐにガキに「おい、風呂入るぞ!」と声をかけ一緒に風呂場に移動した。服を脱ぐ間ももどかしい、急いで裸になると風呂へ駆け寄り近くにあった桶で掛け湯をした。ガキにもしてやり、何回か流してから二人で湯船に入った。
「ぶああぁぁぁぁぁ」
あきらめていた。風呂なんて無いと思っていた。しかし温泉という想像を超えた形で実現され、風呂に漬かった瞬間思わず声が出た。
ガキも真似して「ぶぁぁ」と言った。
ガキは風呂のお湯が深いため俺のひざの上に座って漬かっている。無作法だが湯の中で顔を流す。
動作のたびに思わず声が漏れる。すごく気持ちいい。
しばらくしてガキが「もう、や!出る!」と騒ぎ出したので、ヘチマみたいな物体で体をこすり、頭を洗ってやり先に上がらせた。
再び湯船に漬かり思いがけない幸運を楽しんだ。
◆
リジルは意外に早く迎えに来てくれていたようで、部屋でガキと一緒に俺が風呂から上がるのを待ってくれていた。
ガキが早く飯を食いに行きたいと言うのをなだめていてくれたようだ。
俺の中でのリジル株が本日のストップ高を記録した。
リジルが手配してくれた着替えは、ボクサーパンツ派の俺にとって下半身の安定に欠けるが、十分すぎるものだった。いささかゆったりした服装で、俺とリジルとガキの三人で食堂へ向かい食事を取った。
食事は戦士達(この国では兵士とは言わず戦士と言うらしい)が利用するところで取ったのだが、肉料理を中心としたけっこう豪華な内容だった。
ガキと二人で夢中になり食事をしていると、リジルが「本当はここで飲んじゃ駄目なんですが、今は他に誰も居ないので」と言って細長い壷を差し出してきた。
リジルが木のコップに壷から液体を注ぐと、それは赤い液体で、香りからも間違いなくワインだった。
「リジル、君には心から感謝している。本当にありがとう」
こんなに自然に感謝の言葉が出てきたのは何時以来だろうか?いや多分始めての経験だろう。俺にとって今のリジルは神にも等しい存在へ昇華した。
俺はゆっくり味わうようにワインを楽しみ、リジルはガキの面倒を見ていてくれた。
食事が済むと、俺はガキを連れリジルにもう一本貰ったワインを大事に抱えながら部屋に戻った。
さすがに疲れたのか眠いと言うガキを小便に連れて行き寝かしつけた後、風呂に漬かりながらワインを飲みなおした。
もう湯治にでも来たような気分で、俺は浮かれていた。
完全に浮かれている俺は、ダナーンについたばかりの時感じたキナ臭を、すでに完全に忘れきっていた。