田所修造の場合 13
なんかちょろちょろ視界に入るな
大分明るくなってきて、あせってガキのパンツを焚き火で乾かしている俺の目の前を(鹿の皮は乾かなそうなので乾かすのあきらめた)、若い女がちょろちょろしていた。
しばらく若い女をじっと見ていると、昨日ずいぶん身体強化の祝福に興味を持っていた奴らの一人だと気が付いた。
「おい」
俺にじっと見られて若い女が硬直しているところへ声をかけてみた。
「っは、はい!」
なんか絵に描いたように緊張している様子がほほえましい。
「暇ならこっち来てこれ乾かすの手伝ってくれよ」
俺に声をかけられると、若い女はすっ飛んできて俺から鹿の皮を受け取った。
鹿の皮を受け取った女は、不思議そうに鹿の皮を持ちながら俺を見ている、何だ?何かおかしかったか?
「どうした?なんか変だったか?」
「いえ、バアフンさんご自身で洗濯されたんですか?」
「…俺の名前はシューゾーだ。洗濯は自分でしたが、何か変か?」
朝一番から変な名前で呼ばれ言葉がとげとげしくなってしまった。
「っいえ!っ全然変じゃないです!…あの、そのパンツも私に貸していただけますか?」
なんか変なやつだなと思いながらガキのパンツを渡した。
女はパンツと鹿の皮を手に持ち、ゆっくり目をつぶった。
何やってんだ?と不思議に思ってたら、パンツと鹿の皮を返してきた。
「私、熱の精霊魔法が得意なので、この隊で洗濯当番をしているんです。…すいません事前にバアフンさんに言ってませんで…」
手に持ったパンツと鹿の皮を確認するとちゃんと乾いてる。
魔法、すごいな。
俺が黙っていると、若い女があせりながら謝罪をしてきた。
「本当にごめんなさいバアフンさん、昨日の夜にみんなの分はちゃんと洗濯したのですけど、バアフンさんの分、完全に忘れてました。ごめんなさい」
バアフンじゃねぇって言ってるのにこいつ、今にも泣きそうな目して謝ってるから注意しにくいし…アーンスンと同種かこいつ?
「おい、別に俺は怒ってないから謝る必要なんて無いぞ。それより助かった、出発までに乾かないか冷や冷やしてたところなんだ。ありがとよ」
俺が礼を言うと、さっきまでどす黒く曇ってた表情がぱぁっと晴れた。
「それと俺の名前はシューゾーだからな、シューゾーだ。バアフンじゃないぞ?」
これ以上最低な名前が定着しないよう、若い女が泣かないタイミングでちゃんと注意はする。本気で阻止しないと完全に定着する、このままでは。
「…は、はぁ」
「え?なにその気の抜けた返事は?」
「っあ、ご、ごめんなさい…えと、シューゾーさん」
「いや分かればいいんだ、分かれば」
とりあえずこの女はこれで大丈夫だろう。あとはトップのアーンスンを押さえればバアフンなんて家畜の排泄物みたいな名前ともおさらばできるはずだ。
くだらないことで満足感を感じていたら、後ろからガキの泣き声がした。
「バアァバアァァッ!…ぅぅ…バアアァバアアァ…ぅうう…」
「…またかなのか、お前…」
「ううぅ……」
俺は若い女――リジルに一緒についてきてもらい。ガキの尻と小便まみれになった布とチョッキを川で再び洗った。
熱の魔法は便利なもので、ガキの布とチョッキがあっと言う間に乾いた。
この熱の魔法、俺も出来るようになりたい。
ガキに服を着せ、リジルとガキと三人で野営のところまで戻ると、既にみんな起きだし朝食の準備をしていた。
アーンスンも起きており、俺達を見かけると駆け寄ってきた。
「バアフンさんおはようございます!リジルにアンジエもおはよう!」
「……… 」
「おいリジル、悪いがガキを見ててくれ。アーンスンまじめな話があるんだ。ちょっと来てくれ」
俺はアーンスンを連れ、少しみんなから離れた場所へ移動した。
「それでお話ってなんですかバアフンさん?」
「そのバアフンって名前だが、この意思の疎通の祝福じゃちゃんとイメージが反映されていないようなんでちゃんと言っておこうと思ってな。実はバアフンって俺の国の言葉で『馬の糞』て言葉に似ているんだ。正直気分の良い名前じゃない。シューゾーと呼ぶようにみんなにも言ってくれないか?」
「えっ!!バアフンって馬の糞って聞こえるんですか!?」
心底おどろいたといった表情でアーンスンが聞き返してきた。
「そうなんだ。だから昨日からシューゾーだと何度も訂正していたんだ。別に変な名前でなければあだ名だと思ってそこまで固執しないんだが、さすがに馬糞は、なあ」
「…そうだったんですか… しかしシューゾーは… 」
ん?なんだ?なぜシューゾーに引っかかる?
「実はその、シューゾーという音が… その… 我々にはどうも… 」
「どうしたんだシューゾーに問題でもあるのか?」
「…はい、我々にはどうも… 『おしりの毛』って聞こえるんです… 」
「…尻の毛… だと…?」
「…はい、だからものすごく言いにくくて、ですから強引にアンジエの考えたバアフンという名前で押し切ってしまおうとしていたんです」
「…じゃあタドコロは?」
「…ちょっと違いますが、聞き方によっては『インポ野郎』と聞こえてしまい…これもあんまりなので…」
「……」
「……」
『尻の毛』に『インポ野郎』だと?俺の名前がか?
「…じゃあ、せめて他の名前を考えて欲しい。バアフンなんて滑稽な名前聞いてるだけでイライラする」
「アンジエ考えたバアフン、へんな名前なの?…」
俺とアーンスンが驚いて振り返ると、リジルとアンジエがいた。
「おいリジル、なんでこっち来たんだ」
「すいません…シューゾーさん。アンジエがどうしても…シューゾーさんの所へ行くって聞かないもので」
リジル、シューゾーと言うときだけ小声になってる…尻の毛さん、だからな
「うぐっ…うぅ…ぐすっ…バアフンへんな名前なの?…」
「アンジエ大丈夫よ。バアフンはとってもいい名前。勇ましくとても綺麗な響きの名前よ」
アーンスンお前…がきを撫でながら何言い出してんだ…ここは少しガキが傷ついてもしっかりとだな
「ねえ、リジルもそう思うでしょ?まるで竜殺しの勇者のような立派な名前。バアフンさんも、ねっ」
ねっじゃねーボケが!リジルも「すごくカッコいいです」とか言ってんじゃねー!!
ガキ期待した目でこっち見てるじゃねーかよ… ほんと最悪だこいつら…
アーンスンが「空気読め」みたいに肘でつっついて来るのがすごくうざい…
ガキまた目に涙を溜めてるし…
「ああ、悪くないかもな…バアフンってのも…」
言っちゃったよ俺
アーンスンが「いやだわバアフンさんったら」とか俺の背中を叩いてくる。嫌なのは俺のほうだっての、ガキもバアフン!って足にかじり付いて来るし。
俺の名前バアフンで固定か、
ほんと最悪だな、朝から最悪な気分だよ