田所修造の場合 11
「おいガキ!精霊って何だ?勝手に祝福って何だ?お前一体何を見た!」
俺の口調が強すぎたのだろう、ガキの表情が見る見る曇っていく。
まずい、と思ったが遅かった。ぽろぽろ大粒の涙がこぼれ出し、ガキが大泣きし始めた。
「うぅ…バアバアのバカァ…うぅぅ…バカフンぅ…」
助けて欲しくアーンスンを見るが、さっきのガキの発言で完全に放心してしまっており、役に立ちそうに無い。
周囲に助けを求める視線を送るが、全員俺を凝視して固まっている。
ああもう本当に面倒だなガキは、ため息をつきながらガキに近づき、「俺声大きいから驚いたか?お前も大きくなったら声大きくなるんだぞ」とごまかそうとしたが、「バカフンぅ!!」と叫んでバシバシ叩いてくる。
自動翻訳状態で「すごい男の唄」歌いたくないしなぁ、どうしようかなぁとか考えていたらアーンスンが復活した。
「アンジエおいで、バカフン酷いねぇ~よしよし、ソールの子は強いんだから、いつまでも泣いてちゃだめよ」
ガキを見てくれるのは助かったが、バカフン発言に切れそうになる。さすがに抑えたが。
アーンスンのおかげでガキがなんとか落ち着いたので、先ほどの話を続けることにした。
ガキに対して乱暴な言葉遣いをするなと釘をさされてからだが…
「アンジエ落ち着いた?さっきアンジエが言っていたことを確認したいのだけど、ちゃんと答えられる?そう、じゃあアンジエさっき『周囲の精霊がまとまってきて固まって』と言っていたじゃない?『固まって』ってどういう風になったのかな?精霊がいっぱい集まって固まっているように見えたのかな?」
「ちがうの、精霊がまとまって固まったの。水みたいになってた。アンジエさわってみたら手が濡れたの」
「「えぇ!」」俺とアーンスンの声が重なる。
「あとバアフン初めて池に来たとき固まった精霊の中にいたの。池の中から急に出てくるからビックリした。それでね、それで精霊が池の岸にバアフンを置いてチューってバアフンから水吸い取ったの、バアフンのお口からお水いっぱいでてきて、お水でなくなったらバアフン息しはじめた」
「精霊の具現化、ですって?…」
「それってもしかして人みたいな形してたか?」
アーンスンがまたフリーズしたので、俺はガキに出来るだけやさしく聞いてみた。
「うん。人みたいな形してた」
◆
「すいませんバアフンさん、少し仲間たちと話し合いたいのですが」
相当なショックを受けたのだろう、しばらくフリーズしていたアーンスンがようやく復活し、申し分けなさそうに切り出してきた。
申し訳ないならその名前をどうにかしろって話だが、俺も考えをまとめるのに集中していて「ああ」と返事をかえしていた。
アーンスンは仲間内と少し離れたところへ行き、なにやらボソボソと話をしている。
正直目の前で内緒話されるようで不愉快だが今はそれどころではない。
人型ゼリー… 最初に川に流されながら黒いもの、いやゴブリンか、あいつ等から逃げているときに現れた。その後、水を飲みおぼれた俺を奴が池まで連れてきた?そして水を吐かせ俺を蘇生した?俺が目を覚ました時、全身がそれこそ靴下やタバコまで乾いていたのは人型ゼリーが水分を吸い取ったから?なぜ俺を?
そして、俺がゴブリンと戦い肩に矢を受け高熱で苦しんでいる時、人型ゼリーが何かして俺が助かった?さっきガキが言っていた精霊って一体なんだ?うーん、わからねぇ…
ガキに精霊のことを教えてもらおうと思い顔を上げると、ガキは鹿の皮にくるまって寝てやがった。ガキは自由だなおい。
仕方なくアーンスン達が戻ってくるのを待つ。
しばらくするとアーンスンがこちらにやって来た。表情を見るといままでに無いくらい真剣な表情をしている。
よろしいでしょうか?と断わってからアーンスンは話し出した。
「バアフンさん、我々はあなたに対して心の底より感謝しています。傍系ではありますが、同じ祖先を持つソール氏族アンジエを守ってくれたこと。今日の朝、まだ貴方が私達の言葉を理解していない時、アンジエは必死に貴方の話を私にしました。ソール村より親兄弟と一緒にダナーンへ落ち延びる際、馬車がゴブリンに襲われ両親兄弟と離れ離れになってしまい、偶然たどりついた 聖なる泉で、何日も一人きりで隠れている所に貴方が現れたこと。貴方がずっと食事を取れていなかったアンジエのために魚を獲ってくれたこと。汚れたアンジエを綺麗にしてくれたこと。チョッキや鹿の皮をくれたこと。一緒に泥で家を作り遊んだこと。夜寝る時手を握ってくれたこと。とてもたくさん話してくれました。そしてアンジエは私に貴方をいじめないでやってくれと泣いて頼みました。どうやらアンジエは私達が貴方に酷いことをすると思っていたようです」
アーンスンは一気に話しきると息をついた。
…チッ ガキのクセに俺の心配なんかしやがって
「バアフンさん、朝貴方とお会いしてお話をさせて頂いてから今まで、私達は強い違和感を感じ続けています。貴方は精霊魔法の初歩の祝福である『意思疎通の祝福』を知らない、人間の国で広大な国土を持つバロールを知らない。高い知性とその強い力で知られるトロルの国ニドベルクにも反応は無い。私達の国で各国へと繋がる要所のダナーンを知らない。
かと思えばたった一人で38匹ものゴブリンを仕留める。普通の人間では絶対に不可能なことです。私達も当初はオルグやジラントなど凶暴で大型の巨人か竜種にやられたのかと考えました。しかし、ゴブリン達は捕食された形跡は無く、死因を確認すると、どうやら鈍器か何かで殺されたようでした。信じられないくらいの力でふるわれた鈍器によってです。そのため朝貴方にお会いした際、お持ちのメイスを見てまさかとは思いましたが、先ほどご自身で認められるのを聞いても、正直未だに信じられぬ思いです。」
「そして極めつけは精霊の具現化の話です。先ほどの貴方の反応を見ていると意識されてのことでは無いのでしょう。しかし世界自身たる精霊を具現化する。そんな話は聞いたことがありません。」
「バアフンさん、勘違いしないで頂きたいのですが、私達は本当に心の底から貴方に感謝しています。ただ私達は本当のことが知りたいだけなのです。我々エルフのアエロー氏族は貴方と本当の友人になりたいのです。お願いします。貴方のことを教えて頂けませんか?」
アーンスンは語り終えると、静かに俺を見つめた。
こいつは、いやこいつらは恐らく本当に俺のことが知りたいだけなのだろう。今日一日一緒にいてこいつらを見ていたが、多分そうだ。
本当に仲良くなりたいという感じで、キラキラした目でこっちを見てる。
アーンスンが話を区切るたびに枕詞で「バアフンさん」を付けるのには正直イライラしたが、相手は天然入ってるのだ、まったく悪意が感じられないので多分悪気は無いのだろう。
だからってバアフンの名前は認めねぇがな。
別に話してもいいかと思った。何よりおれ自身分からないことばかりだ。
この世界で最初に知人になるのがこいつらなのは、別に悪くない。
「おい、アーンスン。俺の名前はバアフンじゃなくてシューゾーだからな」
一応先にアーンスンに注意しておき、俺はこの世界で目覚めてから今までの話を始めた。
アーンスンがキラキラした目で、まったく俺の注意を聞いていないのが見え見えなのは正直どうかと思ったが。