田所修造の場合 10
ばあばあ煩い
バシバシ顔を叩かれている、煩わしい
覚醒しない頭で、どうせガキだろう思い、無視してそのまま寝続けようとしたが、ふとそんな悠長なことをやっている状況だったか疑問に思う。
あれ?いまどこに居るんだっけか…
次の瞬間、跳ね起きて急ぎ周囲を確認する。
森の入り口付近に、馬に跨り弓や剣で武装した者達がいた。
(いよいよ不思議の国確定だな)
相手の数は20人以上いるだろうか。弓もある。
このまま襲われた場合を想像し、全身から血の気が引く。
ゆっくりと棍棒を左手に持ち、右手で腰からさげた袋の小石を確認する。
もし相手が俺達を襲うつもりの場合、状況は絶望的だ。
ガキを抱えて逃げようにも、相手は馬があり弓もある。
最悪の場合、死ぬ気で突撃するしかねぇか…
既に詰んでしまったような状況で悲壮な覚悟を決めていると、ガキが前に出てきて俺を止めるように両手でさえぎりながら何か言っている。
(バカ!危ねぇ!)
ガキの行動に叫びそうになるが、目の前の武装した集団が馬からゆっくりと降り出したのを見て声を引っ込める。
こちらの警戒を解くかのように、武装した集団が全員馬から下りると、その中の一人がこちらに進み出てきた。
ガキを引き寄せ、後ろ手に庇いながら様子を伺う。
こちらの近くまで来ると立ち止まり、被っていた兜を脱ぎとる。
兜を脱ぎ取った相手を見ると、女であることが分かり驚いた。
女は髪が薄い緑色で目が青く、耳が尖っている。ガキの特徴と似ている。
女がガキに向かってちょいちょいと手を振り呼ぶと、ガキは俺の後ろから抜け出し、素直に女の下へ向かった。
女とガキは何か話しているが、もちろん俺には何を話しているか分からない。ただガキが身振り手振りを加えて何かを一生懸命説明しているのは分かる。
その内ガキは泣き出してしまい、女にしがみついて号泣しだした。
どうやらお仲間のようだ。
張り詰めていたものが途切れ、警戒を解き棍棒を下ろす。
女はガキを抱きしめ、落ち着かせるようにガキの背中をポンポン叩いている。
そして女はガキが少し落ち着いたところで、ガキを抱き上げ、ガキに何かを聞きながらこちらへ歩いてきた。
ガキは「ばあばあ」と何か言いながら、俺を指差し女に説明している。
俺の目の前まで来ると抱いていたガキを降ろし、女が俺に向かって何かを話しかける。
もちろん何を言っているか分からないので、首を振り意味がわからない旨を伝える。
女が微笑みながら更に俺との距離をつめる。
悪意は感じられないが、戸惑い身を引こうとすると、女の手で身を引くのをさえぎられる。
女はそのまま手を俺の頭にかざし、ぶつぶつと何かを呟いた。
女の手が白く光る。
なぜか直感的に危険はないと感じられた。不思議だなとは思ったが。
「これで言葉は通じると思いますが、どうですか?」
「…通じませんか?おかしいですね、祝福はちゃんと成功したはずなんですが」
女が改めて俺の頭に手をかざそうとするが、俺はそれを手で制した。
「…不思議だ、おまえの話している言葉が分かる…」
女が話している言葉は日本語ではない、それは分かるのだが、話している内容が母国語でしゃべりかけられているように、はっきりと理解できる。
俺が呆然と女を見つめていると、女はそんな俺の様子に微笑みながら話しかけてきた。
「祝福は初めてですか?バロールでも似たような効果の魔法があると聞いていますが」
俺の言葉も通じているのか?バロール?何だそれは?
「バロールの方ではないのですか?それですとニドベルクの先の国の方でしょうか?そう言えばバロールの方と少し違うように見えますね」
「バロールとは何だ?」
思わず聞き返していた。
「バロールはここ 聖なる泉より南にあるソール村を越えて、更に南東へしばらく進んだところにある人間の国ですよ。私はここより北にあるアルフヘルム、ダナーンのアエロー氏族アーンスンといいます。」
話している言葉はすべて聞き取れるが、言っている内容はまったく分からない。
「すまないが一つ一つ教えて頂いていいだろうか?あなたの手が光った、あれは一体何なのだ?俺があなたと話すことが出来ているのと関係あるのか?」
「先ほど私が行ったのは精霊魔法の一種で、簡単な祝福を相手に与えるものです。祝福を与えられた者は言葉を越えての意思の疎通ができるようになるのですよ」
「…魔法か… 」
「魔法をごらんになるのは初めてですか?人間の方でも精霊魔法を使うかたはめったにいませんが、ルーン魔法を使う方は多くいると聞きますが」
「魔法を見たのは… 初めてだな…」
魔法をかけられて話が出来るようになった。その理解でいいのか?
呆然としているとガキがげしげし俺の足を蹴っていた。
「バアバア私の魔法何回も見たっ!」
ガキが怒って主張してくる。ガキの話している言葉も理解できる。
「…おいガキ、バアバアってもしかして俺のことか?」
「ガキッ!? 違うもん! 私アンジエだもん!」
興奮するガキを女が落ち着かせながら
「ああ、この子とも話しが出来ていなかったのですよね、すいません。この子は私と同じエルフのソール氏族アンジエと言います」
「…エルフ?」
「わたしもアンジエも見ての通りエルフですよ、見るのは初めてですか?」
「あぁ… 初めてだな…」
魔法にエルフ。ファンタジーだなと感じ、頭が真っ白になった。
呆然としている俺を見て、女…たしかアーンスンとか言ったか、馬に乗りまず移動しようと提案してきた。
俺は良いも悪いも選択のしようが無いので同意し、荷物はまとめた物を他の人が持ってくれて、俺はアーンスンの馬に同乗した。ガキは俺から離れるのを嫌がり、やむなく背中に括り付けて一緒に乗った。
彼女たちはこれから彼女達の国ダナーンへ向からしい。
馬の背の意外な高さにビクつきながら、俺は彼女達に連れられ、一路ダナーンへと向かった。
◆
ダナーンまで馬でも2日かかるらしい。
日が暮れる前に、野営の準備のため開けた場所に馬を止めた。
彼女達は野営に慣れているらしく、手際よく馬の世話をしたり寝床の準備や食事の準備をした。
俺は手伝おうにもかえって邪魔になりそうなので、日曜の父親よろしく、ボケーと座って彼女達の仕事を見ていた。
ガキも疲れたのか隣でボケーとしている。
ガキは移動中ひたすら話しかけてきて、正直かなり鬱陶しかった。
ガキは一人置いてきぼりにされたことをまだ怒っているようで、どれだけ怖い思いをしたか、どれだけ不安だったかを、拙い口調でひたすら俺に話し続けた。
何度も同じことを気のすむまで言い続けるのは、小さいなりしてても女なんだなと感じた。
昼食を手早く済ませた後の移動は、ガキは疲れたのか眠ってしまい静かになったので助かった。
食事の準備が出来ると、皆集まってきて食事となった。
さすがに何も手伝わずにいたので気が引けて、燻製にした肉と魚を食べて欲しいとアーンスンに渡した。
彼女は遠慮したが、適当に燻製にしただけなので、あまり日持ちしないことを説明し受け取ってもらった。燻製はそのまま野菜シチューに細切れにされて加えられた。
見張りに5人立ち、残り俺とガキを加えた18名で焚き火を囲み食事をした。
みんな鎧は付けたままだが、皮製の鎧だからそんなに重くないのか、鎧を付けたままくつろいだ様子で食事を取っている。
俺もガキもまともな食事は久しぶりだったので、恥ずかしながらかなりがっついてしまった。
食事は塩の効いた燻製入り野菜のスープと硬いパンで、パンは昼間も食ったがシチューと良くあって美味かった。
しばらく夢中になって食事を取っていると、周囲の視線に気が付いた。
アーンスンもそうだが、一緒に食事を取っているみんながチラチラこっちを見ている。
何だ?がっつきすぎたか?とか思っているとアーンスンが話しかけてきた。
「バアフンさんてもしかして、数日前ゴブリンの集団と戦闘しましたか?」
ん? …バアフン? …ゴブリン?
「朝あった時に確認しようとしたのですが、会話があまり噛み合わなかったもので…」
「…すまないアーンスン、バアフンというのは一体誰のことだ?あとゴブリンっていうのは一体…」
「え!? あなたの名前はバアフンではないんですか?朝アンジエがあなたの名前はバアフンだと言うからてっきりそうなんだと…」
横で硬いパンと必死で格闘しているガキを暗い目で見下ろす。ガキはパンに夢中で俺達の会話など聞いていないようだ。
「俺の名前はバアフンじゃないよ、シューゾー・タドコロって言うんだ」
「しゅーおーたの… すいません後半なんでしたっけ?」
「いやシューゾー・タドコロだ。シューゾーが名前で、タドコロが苗字になる」
「…ずいぶん難しい名前なんですね… バアフンではだめですか?」
「…苗字は要らないから、シューゾーと呼んで欲しい。バアフンは止めてくれ」
ガキがばあばあ言っていたのはバアフンのバアか…、最低なネーミングセンスだなこのガキ。あと若干このアーンスンからも、性格的に香ばしい匂いを感じるな…
「それではシューゾーさん、先ほどのゴブリンとの戦闘のことですが、ゴブリンをご存知ないのですか?」
「ああ、大体想像は付くんだがゴブリンとは一体どういったものなんだ?」
「はい、ゴブリンとは我々エルフが森妖精と呼ばれているのに対し、夜妖精と呼ばれている者です。性格は獰猛で人や我々妖精も襲います。外見は背が低く黒に近い灰色の肌をしています」
「…肌が黒に近い灰色で背が低いか、たしかに一昨日街道の近くの森で襲われたので戦ったな」
俺がそう言うと、周囲が「おぉぉ」と唸り声を上げた。
「私達が昨日の夕方 聖なる泉へ近い街道へたどり着いた時、少し入った森の中で38体ものゴブリンの死体を発見したのです、その後付近で野営の準備をしているところで、 聖なる泉より立ち上る煙に気が付き、朝調査に向かったのですが、それではバアフンさんが38体ものゴブリンを仕留めたのですか?」
「…いや俺の名前はシューゾーだ。…ゴブリンは、そうだなガキとこの森を脱出するために仕留めた」
「…たった一人で?…すごい」
周囲の人間が俺を気にしていたのはこのことだったのか、その後みんなに「どうやってたった一人でゴブリンの集団を倒したのか?」とか「怪我は無いようだが無傷で倒したのか?」など、質問攻めにあった。
「バアフンさん、我々21名はこの子アンジエの住んでいた村、ソール村への調査のため派遣されたのです。最近 聖なる泉からソール村へかけて、ゴブリンが大量発生したとの知らせを受け急ぎ向かったのですが、ソール村は既に襲撃を受けた後でほとんどの住民は避難した後でした。そのためもう一つの任務である、ゴブリンの掃討を行いながら 聖なる泉まで行軍してきたのです。我々はダナーンの正規軍で、魔法の心得もありますが、一人でゴブリンの群れ、それも38体もの群れを掃討することはとても出来ません。半分の19体でも不可能でしょう。一体どうやってそんなことが出来たのですか?」
アーンスン、身を乗り出しすぎて距離が近い、少し落ち着け、あとこの女、俺をバアフンで固定しようとしてやがる…
「バアフンはすごいの!すごい範囲の精霊を呼べるの!」
何時の間にかパンを食べ終わったガキが胸を張りながら叫んだ。
「アンジエ?バアフンさんは精霊魔法が使えるの?」
「バアフンは自分で使わないの!精霊が勝手に祝福するの!」
バアフンバアフンこいつらマジうぜぇ… ん?周りが静かになって、
「バアフンさんっ、精霊が勝手に祝福するってどういうことなんですかっ!?そんなこと聞いたことがないっ!!」
「落ち着けアーンスン!あと俺はバアフンじゃねぇえ!シューゾーだっ!!」
アーンスンに首をつかまれガックンガックンされ必死で抵抗する。力はほとんど入れられないが。
「あのね、あのね、前の夜バアフンが大怪我してうんうん唸ってたら、周囲の精霊がまとまってきて固まってからバアフンを勝手に祝福したの!でね、そしたらねバアフンうんうん言わなくなったの!」
俺にかじりついていたアーンスンの動きが止まった。
俺はそこでようやくガキが一昨日の夜、俺が気絶した後、何かを見ていたことに気が付いた。