田所修造の場合 9
鹿の肉でガキと一緒に朝食を済ませると、ガキが俺にひっついてきて離れようとしない。
ガキがひっついたまま俺は立ち上がると、昨日黒いものから奪ってきた物を確認する。
鉄の棍棒、ごついナイフ、チョッキ、最後の集団から奪った鉄を形が整うよう打ち出しただけのメットと、黒い奴がマントとして使っていた布。
あと黒いものの一匹が腰に大きな皮袋を下げていたので失敬してきた。皮袋の口のところが木で栓をされていて中身は水だった。
もっといろいろ物色したかったが、あの時はこれだけ持ってくるので限界だった。
今日中に準備を整え、明日にはガキを連れてここを離れる。
かまどの火を強くし、ガキを連れて一緒に池へ行く。まだ早朝で池の水は冷たいが、ガキの身包みを剥ぎ全身を洗う。ものすごく冷たいのだろう、抵抗されるが構わずに洗い続け、洗い終わるとハンカチで水分をふき取り、かまどの脇にいるよう指差す。
ガキが涙目で震えているが、かまどの火も強くし暖かいので大丈夫だろう。
俺も全裸になって全身を洗う。そのまま全裸で昨日強奪した物と、ガキと俺の衣服を全部洗ってしまう。
衣服を全部洗い終わると体がかなり冷えてしまったので、洗濯物を抱えかまどの所まで急ぎ戻る。
岩に貼り付けるように洗濯物を干していき、かまどで少し温まる。
ガキはガキなので俺が全裸でもなんとも思わないのだろう、やはりくっついて来る。
ガキの髪がまだ乾いていないので、かまどの火の近くで乾かす。
かまどの火を強くし、ガキの髪を手でわしわしと撫でながら乾かす。
ガキの髪を乾かし終わると。俺は手ごろな石を抱え池に向かった。
時間はかかったが、15匹の魚を獲りエラとワタを処理する。
ナイフで魚にたくさん切れ目を入れていく。ナイフの切れ味がものすごく悪いので後で研ぐことにする。
ガキの様子を見ると火で遊んでいるので、今度はまだ水分の抜けきっていないような生木を拾いに行く。
鹿の肉の残りと魚を簡単な燻製処理にするためだ。
燻製を作ったことは無いが、理屈は分かる。ようは煙の殺菌効果と熱風乾燥で水分を飛ばせばいいんだ。多分だが。
食品も扱っている商社にいたので、工場視察の際、熱風乾燥の工程も確認し把握している。
何とかなるだろう。
落ちている生木を探すがそんなに見つからなかったので、木から直接もぎ取ってきた。
次は適当な岩を探しに行く。燻製を作るための燻製釜を作るためだ。
近場にも岩があるが、もっと平べったい、燻製釜の屋根になりそうな岩が欲しい。
池の西側に岩場があるので、ガキを背負い、鹿の皮でくくり付けて西側に向かった。
ガキを置いて行こうとしたが、俺がガキより一定距離以上はなれるのは駄目らしい。
ビービー泣き出したので、連れて行くことにした。
ガキには生地が薄いので先に乾いた俺のシャツを着せ、鹿の皮で包むようにして背中にくくりつけた。
俺は相変わらず全裸だ。パンツもまだ乾いていない。
念のためナイフだけガキに持たせた。
全裸に革靴を履き、背中に幼児をくくりつけた格好で西の岩場を目指す。
岩場までは歩いて10分くらいの距離ですぐに到着する。
岩場に到着すると使えそうな岩があったが、ちょっとでかすぎる。
長さは3mくらいで幅が1.5mくらい、厚みも50cm以上ある。
腰を落として持ち上げてみると、何とか運べそうだった。かなり重いが。
ひぃひぃ言いながら岩を運んで、なんとかかまどの所まで戻ってくる。
岩とガキと降ろし少し休憩する。さすがにこいつは重すぎた。
のどが渇いたので、洗った鉄メットに水を入れて沸かし、少しさめてからガキと飲む。
このメット、鉛とか使ってなければいいが。
ガキにはかまどの火守をさせ、俺は近くにあった抱きかかえられるくらいの大きさの岩を手に持つ。
これくらいの重量であればなんでもない。
手に持った岩を振り上げて、3mを越える丸々とした岩に叩きつける。
ものすごい音がして、叩き付けた岩が砕け散り、叩きつけられたほうの岩も正面が砕け、全体に大きなヒビがいくつも入る。
ガキが驚いているが、手を振りなんでもないことをアピールする。
ヒビが入った岩に石を叩き付けたりしながら解体し、ガキの頭くらいの石を大量に作る。
石を大量に作ると、石積み上げ一片大体50cmでコの字に並べ壁を作る。
崩れたりして手間取ったが、小石をかませるなどして慎重に作る。
釜の脇に燻製をするための場所を作る。コの字の下に角ばったワの字がくっついたような格好だ。
コの字の釜の上部に通気出来る穴をつくり、コの字側で煙が出た場合、隣のワの字側へ煙が流れるようにする。
燻製をする予定のワの字の壁は、壁が無い方から見て横に長く、大体2m以上の長さになるようにする。大体完了すると慎重に西の岩場から持ってきた長さ3mの岩をのせる。
何箇所か壁が崩れたので、直してから再度岩をのせる。
何とか形になったので、後ろでちょろちょろしていたガキを呼ぶ。
ガキと一緒に池まで行き、黒い奴がマントに使用していた布に泥を載せる。
泥を包んだ布を持って燻製釜のところまで戻り、枯れ木を組んでガキに火をつけさせる。
釜はいたるところに隙間があるため、そこらじゅうから煙が漏れ出している。
おれは石や泥をその隙間に入れ隙間を埋める。ガキにもやらせてみる。
ガキはこの泥遊びが気に入ったようで必死になり泥を詰め込み始める。
俺は泥を布から地面に降ろし、再度池に行き泥を持ってくる。
俺もガキも夢中になって泥を詰め続けた。
しばらくするとコの字とワの字の壁に隙間が無くなり、壁が無いところからしか煙が噴出さなくなった。
作りはかなり歪だが、自分なりの大作の完成に全裸で泥だらけになりながら満足する。
ガキはまだ泥でペタペタやっている。相当この作業が気に入ったのだろう。
ガキの嬉しそうな様子を見ていたらようやく気が付いた。
朝洗ったばかりのガキが泥だらけだ。しかも俺のシャツも。
しかし、まあいいかと自分の格好を見ながら思った。
ガキも嬉しそうだしな
空を見上げると太陽が高くなっている。
かまどの所まで行きかまどの火を強くしてから、ガキと一緒に池に体を洗いに行った。
朝と違いガキは嬉しそうに俺についてきた。
◆
ガキの体を洗い終えると、先にかまどの所まで連れてきて体を拭いてやる。その後俺自身とシャツを洗い、かまどで朝取った魚と鹿の肉を焼いて食った。
毎度思うがガキはそんなに大好きなのか、魚をとても美味そうに食う。
飯を食い終わると、また池に行って12匹魚を獲ってくる。
鹿の肉は半分くらいに減っており、ガキと二人で食ったら3・4日分と言ったところか。
魚を合わせると1週間は持つかも知れない。
かまどの火の暖かさのおかげで乾いた衣服を身にまとう。
ガキにはぼろ布の下にチョッキを着せた。全体的に灰色になっているチョッキだが、ガキはチョッキを着るとすごく嬉しそうに笑った。
黒いものの体液に染まった服を着て、嬉しそうにしているガキを見ると複雑な気分になる。
俺はガキと一緒に鹿の肉と魚を燻製にするため、でかい木のでかい葉っぱに乗せて釜まで運んだ。
ワの字の方へ食材を並べていき、並べ終わったら水洗いをした布(黒いものの元マント)を入り口が塞がるように掛けた。
釜の火を強くし、その上に生木をかぶせる。
枯れ木を燃やすよりも多くの煙が出る。
食材を置いている所が煙に満たされ、温度も上がっていることを確認すると、俺はガキにと一緒に池に行きナイフを研いだ。
ガキは隣で池に小石を投げて遊んだり、池の中に手を突っ込み、泥をかき回したりして遊んでいる。
水に濡れないよう、ガキのぼろ布を脱がせ、チョッキとパンツの格好で遊ばせた。
ナイフが研ぎ終わると、皮袋に小石を一杯になるまでつめて手元に棍棒を持ち、かまどの所で森を警戒することにした。
燻製釜から煙がかなりの量排出されており、遠めにも目立つことにようやく気が付いたのだ。
ただ、問題ないだろうとも思った。
黒いものは粗方殺したし、残党が襲ってきても弓さえ警戒すれば、石と棍棒で何とでもなると。
夕方、早めに夕食を取ることにし、鹿と魚の燻製を食ってみた。
ちゃんと燻製になっており、まだ水分が残っている気がしたが、もう少しいぶし続ければちゃんとした保存食になるだろう。
ガキも美味そうに食っている。
鉄メットで沸かした湯を飲みながら食事をした。
食後ガキが遊びつかれたのか眠そうにしていたので、鹿の皮でくるみ寝かしつけた。
ガキが寝る時、俺のスラックスをつかんで離そうとしなかったので、好きにさせた。
また急に居なくなる事を恐れているようだ。
姉貴が姪っ子にやっていたのを思い出し、同じようにガキが寝るまで背中をゆっくりさすってやる。
すぐにガキの寝息が聞こえてきた。
◆
森を警戒しつつも眠気が酷く、あくびが止まらない。
日も沈み、先ほど燻製が終わった魚と肉を回収して木の葉で包んでしまったので、もうすることも無い。
明け方まで何とか耐えて、ガキと見張りを交換するつもりだが、時間が過ぎるのが遅すぎる。そもそも時計が無いので時間がわからん。
酒とタバコが欲しい。
酒なら何でもいい、ビールでも焼酎でも日本酒でもウィスキーでもなんでも、できれば度数が高い蒸留酒が嬉しいが。
不毛な時間が延々と続くため、しょうもないことばかり頭に浮かぶ。
一切変化の無い森を見続けるのはかなりの疲労を伴い、知らず知らず船をこぎ始める。
森のほうより音が聞こえてきた気がし、はっと目を覚ます。
暗くてよく分からないが森を見ると変化はないように思える。
棍棒を手繰り寄せ、腰の石が入った袋を確かめる。
息を殺して森を警戒する。
しばらく緊張した時間が続いたが、その後森は静かなもので特に変化は無かった。
明け方、ガキがまた小便を漏らし泣きながら起きだしたので、ガキを池に連れて行き、濡れたパンツと鹿の皮をざっと洗った。
ガキにお湯を飲ませ落ち着かせるとガキは目が覚めたようなので、森を見張るよう指示して仮眠をとることにした。
徹夜で緊張した時間をすごしたためか、昨日の疲れもあり横になるとすぐに強い眠気に襲われる。
眠りに落ちる前、ガキが手を握ってきたので握り返しそのまま眠りに付いた。