田所修造の場合 8
森を抜けると、倒れこむような勢いでかまどの元へ向かう。
かまどの周りにガキがいない
「な…」
息が止まりそうになり、声が漏れる。
まさか俺を追って森へ行ったなんて事は…
嫌な想像ばかり浮かんでくる。考えを振り切るように、どうせ水でも飲んでるのだろうと沢へ向かうが、やはり居ない。
くそっ、何故いない
心臓を捕まれたように胸が苦しい。心ばかり焦り、疲労でついていけない体がもつれ、派手に転倒してしまう。
転倒した際、矢が刺さったままの肩を地面に打ちつけ、あまりの痛さにうめき声が漏れる。
痛がっている場合じゃない、もがきながら立ち上がろうとする。
上手く立ち上がれないので棍棒を杖に立ち上がる。
奴らに襲われたか?いや争った跡は無い、そんなことは無いはずだ。
歯を食いしばり、森をみすえる。
ガキを探しに行く、今すぐに
体はボロボロだがそんなことはどうでもいい。
また森の入り口へ向かおうとする。
ふと、池のほうから音が聞こえてきた。 急いで振り向くとガキがいた。
ガキはなぜか泥まみれになっていた。
しばらく見詰め合うような状態になったが、すぐにガキが飛びついてきた。
「ばぁああああぁぁぁぁあ!! ばぁああぁあぁぁあ!!」
ばあばあ言いながら大泣きし、俺の太ももにしがみ付く。
俺は気が抜けて座り込んでしまい。ガキはそのまま抱きついてきた。
ガキは泣き続けた。
俺は全身黒いものの体液をあびており、ガキも全身泥まみれで髪など泥でパックしたみたいになっている。
お互い酷い有様だ。
ガキは疲れていたのか、しばらく泣き続け、そのまま眠ってしまった。
ガキをかまどの脇まで運び、濡らしたハンカチで顔をぬぐう。ざっと髪の泥を取るが取りきれない。あきらめ鹿の皮をガキに掛ける。
かまどにライターで手間取りながらも火をつける。
火が回ったことを確認してから、沢で傷口を洗い矢を抜く。
あまりの痛みに悶絶した。
傷口は黒っぽい紫色に腫れ上がっており、血はそれほど出ない。
破傷風が恐ろしいが、今はどうしようも無い。
再度傷口を洗いガキの元へ向かう。
戻る途中池のほとりに穴を見つけた。ガキがさっき居たあたりだ。
ちょうどガキが入りそうな穴だった。
あいつ、もしかしてあそこに隠れていたのか?
ガキが穴に隠れている姿を想像する。
わざと泥まみれになって、黒いものから身を隠すため、穴に潜んで震えている姿を。
初めてあった時のあいつの格好が脳裏に浮かぶ。
泥にまみれたような顔とヘドロのような髪の毛。
いくら何でもあんなガキがこんな場所に一人で居るなんて、さすがにおかしいとは思っていた。ただそれよりもおかしい事だらけで深く考えなかった。
何のことは無い、ガキは必死で隠れていた。泥まみれになって。
そしてそこへ俺が現れた。
俺はガキの元に戻る。
熱が高くなってきたのだろう、ひどい寒気を感じる。
かまどへ枯れ木を足し、火を強くする。
それでもまだ寒い。
頭の中がぐちゃぐちゃになったように思考がぼやける。
またかまどへ枯れ木を足す。
こんなのは何でもない、すぐに良くなる
ボケた頭で繰り返し言い聞かせる
こんなのは何でもない
ひたすら繰り返す
どれくらいそうしていたのか分からない。
俺はいつの間にか気を失っていた。
◆
苦しい
腹の上重い
唸りながら目を開けるとガキが俺の腹にへばりついていた。
ガキは起きていたらしい。俺が起きたことに気が付くと、こっちをすごい目で凝視してくる。
なんか怒りとか不安とか悲しいとか、そんなマイナスの感情がこもった目に見える。
言葉は分からんが、言いたいことはなんとなく分かる。
昨日ガキが寝ている内に、俺がいなくなったことを非難しているとか、多分そんな感じだろう。
ごまかすために頭をぽんぽん撫でてやる。
思いっきり手ではじかれた、ガキのくせにマジで切れてやがる。
寝起きに切れられ面倒臭くなってきたが、今回は俺が悪い。
思わず出そうになるため息を引っ込め、ガキを抱っこして立ち上がる。
抱っこされるのはいいのか、抵抗はしない。まだぷりぷりしているが。
そのまま「すごい男の唄」を歌いながら高い高いをしてやる。
「ビィ~ルをまわせ~」という古い宴会ソング。
子供に聞かせる歌じゃないが、どうせ意味わからんだろうし、それに歌詞を覚えている唄は寝起きでこれしか思いつかない。
新人の頃、よくこの歌を歌わさせられ、アイスペールで一気飲みとか無茶をやらされて、完全に歌詞を暗記してしまった。嫌な思い出と一緒にだが。
しばらくそんなことしてると、運動して頭がようやく働き始めたのか、昨日肩に怪我をした事を思い出した。
ガキを下ろして肩を見ると、怪我が無い。傷の形跡がまったく無い。
ボケたか?と思い右肩も見てみるが、そんな訳無く、どこにも傷跡が無い。
何でだ?と何回も左肩を見るが無いものは無い。
まったく理解できなく、他のところも確認すると、コブシの皮がむけた所や、森を移動している時にできた擦り傷など、全部きれいに治っている。
ガキが俺に何か言っていたが、それどころじゃないので無視して体の確認をした。
なんか気を失うたびに理解できないことが増えている気がする。
いつも通りいくら考えても分からないので、無視することに決め、とりあえず食事の準備を始めた。
昨日朝しか食べていなく、腹がひどくひもじかったのだ。