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優しい家族


「大旦那様、アキです。少しお時間を頂けますか?」


扉の前でノックをした後、呼び掛ける。

大旦那様を前にするときはいつも緊張してしまう。


ノックをするために握りしめた手が汗ばんでいるのがよくわかる。


「入りなさい」

低い声が入室を許可してくださる。


汗ばんだ手がドアノブを捻る。

手が震えてしまうのはいつものことだった。


「失礼します」


部屋に入り、礼をとる。


顔をあげた私の目に入るのは、椅子に座っているのに

存在感と威圧感が規格外に大きい、この家の主様の姿だった。


「突然の訪問、申し訳ありません」


「いや、良い。それで、何の用だ」


声が震えないようにするのが精一杯で、話が頭の中でまとまらない。


責められているわけでもないのに、両足がすくんでしまう。

この人に責められれば私はそれだけで失神する自信がある。


怖い人じゃないんです、怖い人じゃ。


ただ……トラウマが……!



「剣の鍛練を見て下さったセルヴァ隊長殿から、及第点を頂きました。

行儀見習いが終わったことを、ご報告させていただきます」



「そうか、」

「まあ!それは素晴らしいわ!さっそくお祝いしないと!」


ええええ!!

大旦那様の言葉を遮り、一瞬少女と見紛いそうになるその人はいつのまにか隣に立っていた。


「お、奥様……?」


「もう、アキ!その呼び方はやめてと言っているでしょう?

イラーリュと呼びなさい!」


今までその存在感をかけらも出さなかった奥様に、緊張の極限に達していた私は心臓が止まる思いだった。

……心臓が破裂しそうにうるさい。



「アキ、お祝いのお洋服と御馳走は何にしましょうか!

最近の流行は存分にフリルを使ったドレスなの!」



奥様……つまり、私の目の前にいらっしゃる大旦那さまの妻であり、

坊ちゃんのお母様であるイラーリュ・アルタイル様……は

少女のような瞳で私を見る。


坊ちゃんと同じ、どんな上等な金糸よりも繊細で美しい髪と

宝石のように透き通る緑色の目に、

幼くあどけない、けれど恐ろしいほどに整ったお顔はまるで精巧なフランス人形のようだ。



こんな方が30代後半なんて、いったい誰が信じるだろうか。

シミひとつ見当たらない顔にため息が出る。



「奥様……私なんかのために祝いなど無用です。

ご報告にお邪魔させていただいたまでです」


「奥様はやめてと言ってるでしょう?

もう、本当は女の子なのに、またそんな服を着て」


その言葉に体がギクリとなる。

私が女だと知っているのは大旦那さま、奥様、ジーン坊ちゃん、ライアス様の四人だけだ。


「私は男として生きるんです。だから、そのような気遣い、無用ですよ」

「でも、あなたは女の子だわ!!」


他では女扱いされない私に唯一その扱いをするのは奥様だけ。

その久しぶりに触れた扱いに体が一瞬反応してしまう。



「奥様、」

「イラーリュよ」


大旦那様が奥様……イラーリュ様に呼びかける。

声を聞いて体がギクリと動いた。トラウマすいません!



「……イラーリュ様、私は……」


「正式に執事となる許可をもらいに来たのでしょう?」


「……はい」



行儀見習いが終われば、坊ちゃんの正式な執事になれる。

そういう約束だったのだ。


「私はいやよ!執事になってしまえば、アキは」

「イラーリュ」


続きの言葉を遮るように大旦那様が奥様……イラーリュ様にお声をかける。


「約束なのだ。これは。あの子とアキの……」

「あなた……」


涙目のイラーリュ様。それを見ないようにこちらを向く大旦那様。


「アキ。これより君にジーンの正式な執事となってもらう」

「あなた!!」


「とはいっても、やってもらうことは今までと同じように

あの子の傍であの子の力になってくれていればいい」


威厳のある目から優しそうな父親の目になる大旦那様。

本当にこの方はお優しい。


「あの子をよろしく頼む」

「はい。精一杯させていただきます」


力強くうなづく私。

その隣でイラーリュ様がドレスを握りしめていた。


「アキ……」

「申し訳ありません、奥……イラーリュ様。

でも私は、決めていたのです」


二年前のあの日から。


私がそう言うと、イラーリュ様は強く握りしめていた手をドレスから離す。

皺になったドレスを気にすることなく私の顔にその手をお当てになる。



「アキがそこまで言うのなら……わかりました。今はそれでいいでしょう。

けれど、覚えておいて。いつか、その選択を後悔することがあれば。



私は、あなたを全力で助けるわ」



強い目だった。その覚悟がわかる目だった。


私にはなぜイラーリュ様がそこまで私を気にかけているのかがわからない。

なぜこの夫婦が私にこんなにも良くしてくれているのかがわからない。


けれど、



「そのお言葉をいただくだけで、私は救われています!


私は、このアルタイル家の皆様が大好きです!」



わたしがそういうと、イラーリュ様はまた目に涙をためていらっしゃった。


ついにポロリと流れた涙は、どんな宝石よりも美しく、私の心をキリリと締めつけた。






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