栗色の魔術師
コツンコツンと磨き上げられた廊下は、私が歩く度音を返して来る。
さすがは城だ。侍女さんたちの努力が垣間見えた。
ここ最近、セルヴァ隊長にしごかれまくり来る事の出来なかった部屋のドアを叩く。
隊長は私の事が嫌いらしい。隙あらば私を隊に入れて鍛えなおそうとなさる。
……私なにかしたっけ!?
「どうぞ」
ドアの主から許可が下りたのでドアを開ける。
「わお!アキ・ライアスじゃん。ひっさしぶりー!元気にしてた?」
栗色の髪の毛がふわりと浮かんだかと思えば、髪と同じ色の目が私を捉えて細められる。
ジーン坊ちゃんよりは少し上だろうけれど、まだあどけなさを残す可愛らしい顔立ちに栗色はよく似合っている。
私は今、家名をライアスと名乗っている。
ライアス家の方が私を養子として名を連ねて下さったからだ。
でなければ次男とはいえ、名家アルタイルの方の執事なんて出来るわけがない。
いや、大旦那様とか奥様とか、まったく気にしなさそうだけど……
「セルヴァ隊長が訓練をやめさせてくださらないほどには元気にしております」
今現在、体力的には死んでますが。
「うわあ……全然来ないから、来たら文句の一つでも言ってやろうと思ってたけど……大変だったんだね」
同情の目が私を見る。わかってくれますか……!
「申し訳ありません。そろそろ剣術稽古は終わることが出来ると思ったんですが……」
もう許可(及第点)くれてもいいと思うのに!!セルヴァ隊長私のこと嫌いすぎる!!
「もう!硬い口調はやめてくれていいって言ってるのに」
「いえ、宮廷魔術師様であるあなたに軽い口などたたけませんよ」
「ここにいる僕は、あくまでただのチェスだよ」
私はこの方に個人的に魔法……魔術を教わっている。
彼は名前しか名乗らないので(しかも偽名かもしれない)、どういった立場の方かは教えてくれないが、宮廷魔術師というだけでその位は高位だ。
名前だけとはいっても、高位ライアスの家名をいただいている私ですら、その立場ははるかに上だ。そんな方に気安く話せるわけない。後が怖すぎる。
「ちぇっ、しょうがないなあ。じゃあそれはまた今度の楽しみにしておくよ」
その今度が一生訪れないことを願います。
「久しぶりだし……セルヴァにばっかりとられて悔しいから僕も今日はハードで行くよ」
にっこりと。
可愛らしい顔立ちの裏にはやっぱり悪魔が潜んでいるのだと私は確信した。
体力、精神力ともに使い果たした私は情けなくも仰向きで倒れた。
し……しぬ。
「ごめんごめん。冗談のつもりだったけど、アキ・ライアスの魔力は面白いくらいあるからどこまでいけるか興味でちゃって」
「……」
なにか言おうかと思ったけれど、あまりのしんどさに声も出ない。
「ふふっ、もう当分動けなさそうだね。晩御飯はここでたべるよね」
文章は疑問形のはずなのに、もうすでに手配しているのはなぜだろうか。
うなづく首の筋力すら動かない。……しんどい。
「たまにはこうやって休むことも必要だよ。晩御飯には起こしてあげるから。……おやすみ」
チェス様の手が私の額に当てられる。……この人は何で私の限界がわかるんだろうか。
最後の力を振り絞り、私の額に当てられたチェス様の手を取る。
「!」
肩が動き、目を見開いたチェス様の顔が目に入る。なんだかちょっとしてやったり気分だ。
「一緒に寝ましょう。……顔色、悪いですよ」
私の言葉でますます見開かれた目が細められ、まるで猫のように見える。
「……そうだね。寝ちゃおっか」
隠し事が多い上、対等ではない立場の私たちの関係はどんな言葉にも当てはまりにくい。
だが、安らいだ時間をくれるのが友であるというのなら。
この関係は友情と呼ぶことでいいだろう。
「君は本当に面白い」
一瞬で寝てしまった私にチェス様がそういったことを私は知る由もない。
知っていたら、失礼な、という一言くらいは返しただろう。
「で、どこに行ってたの」
帰ったら坊ちゃんがものすごく不機嫌でした。
すいませんすいませんすいません。