主の兄君
「お前、まだセルヴァ殿に及第点すらもらえないの?」
不機嫌そうに聞いてくる坊ちゃん。すいません情けないお世話係で……
「申し訳ありません……鋭意努力はしているつもりなのですが」
半年前に入ったばかりのウィンター家の坊ちゃんも及第点をもらってるって言うのに……情けない……
「お前は馬鹿だからそうなるんだよ。全く、こんなのが執事だと思うと情けなくなる」
「申し訳ありません」
ええ、本当に!正直に謝る私に、坊ちゃんはますます眉間にしわを寄せる。
天使のお顔が!!
……そういえば最近名前すら読んでもらえない……うう……
「……なに。なんか僕に言いたいことあるわけ?」
そんな私の悲しみが通じたのか坊ちゃんは視線を少し彷徨わせてこちらを見る。
「いえ……最近坊ちゃんに名前を呼んでいただけないことが少し悲しくて……」
そう答えると一瞬遅れて、私に枕が飛んでくる。
避けることは可能だったが、坊ちゃんからのお叱りであろうそれを避けることはできない。
「お、お前!!だから馬鹿だって言ってるんだ!!そんなこと言うな!」
貴族の息子という仮面が少しはがれ、ただの男の子のように顔を真っ赤にして叫ぶ坊ちゃん。
言われている内容はいつもの通りひどいが、かわいらしさにキュン死にしそうだ。
この前キレられたのは湯殿でお背中をお流しいたしましょうか?って聞いたときだったので随分久しぶりである。
ああ、あのときが最後に名前呼ばれたときだなあ……
……ううっ……大丈夫、泣かない!
「そ、れに、それを言うならお前だって……っ」
坊ちゃんは唇を噛んでそれから息を整える。
真っ赤な顔は変わらないが冷静に考えることにしたらしい。
「もういい。でてってくれる?」
疑問形だが、反論を許さないその声音に、私はただ頷くしかないのでした……
反抗期怖い!!
「あーららあ。ジーンの素直じゃないところも困ったモンだねえ」
部屋から出てきた私に声がふりかかる。聞き覚えのある声に私の体は一瞬固まった。
「……ジェノ坊ちゃん……」
「やっほう。今度はなんて言ってジーンをたぶらかしてたの?」
「たぶらかすなど。私は坊ちゃん……ジーン様に誠心誠意尽くさせていただくだけです」
どこまで本当だか……と唇を吊り上げるジェノ坊ちゃん。
このお方は、アルタイル家の嫡男、ジェノ・アルタイル様である。私の使えるジーン坊ちゃんのお兄様だ。
ジーン坊ちゃんとは違う青い髪は大旦那さま似で、その長い髪は後ろでゆったりと結わえられている。
皆様、見目麗しいのは変わりないが、ジェノ様は色香が漂ってきそうな風貌をされている。
いわゆる大人の色気ってやつですね!!まあ、私からすれば年下なので頭で理解した以上に思うところはない。
思う所があるとすれば……
「もう君が来てから二年かあ……早く出てってもらいたいものだよ」
ジーン坊ちゃん以上の冷たさで、本気で私を嫌っているところくらいですね!
……当然っちゃあ当然なんですけど……やっぱり落ち込む。