グールたばこ
流行りの電子タバコ「グール」を嗜好する主人公。
社会の反応とそんな彼の体に起こる変化を描いた作品。
最初は、ただの電子タバコだった。
少なくとも、発売元はそう言っていた。
煙は出ない。タールもない。副流煙もない。
従来の紙巻きタバコより健康的で、ニコチンの吸収効率もいい。
新製品の名前は「GHOUL」。
なぜそんな名前をつけたのか、発売元は「既存の常識を食い尽くすという意味です」と説明していた。
発売から三日で、SNSはグールの話題で埋まった。
『これマジでうまい』
『紙タバコやめられた』
『集中力えぐい』
『眠くならない』
『食欲なくなるからダイエットにもいいかも』
インフルエンサーが紹介すると、さらに売れた。
コンビニの棚から消え、ネットでは定価の倍近い値段で転売された。
俺も買った。
別にタバコが好きだったわけじゃない。
流行っていたからだ。
それだけだった。
グールを吸い始めて、一週間。
肉を食べたくなった。
正確には、生肉を食べたいと思った。
身体の調子はよかった。
朝は目覚ましより先に起きる。
仕事中に眠くならない。
頭も妙に冴えている。
だから俺は、グールを疑わなかった。
おかしいと思ったのは、友人の佐伯がグールをやめたときだった。
「俺、もう無理だわ」
「なんで?」
「肉が食いたくなくなってきた」
冗談だと思った。
けれど佐伯は笑わなかった。
「お前も気をつけろよ」
「何を?」
「SNS見てないのか?」
見ていた。
むしろ、以前より頻繁に見ていた。
グールの愛用者同士が集まるコミュニティもできていた。
そこで最近、妙な投稿が増えていた。
『グール吸ってから肉の味が変わった』
『スーパーの肉じゃ満足できない』
『なんか最近、生肉のほうがうまい』
『それ禁断症状じゃね?』
『グールは関係ないだろ』
そんな投稿に、決まって大量の返信がついた。
『陰謀論乙』
『紙タバコ業界の工作』
『自己責任でしょ』
『嫌なら吸わなきゃいいだけ』
「電子タバコGHOULについて、健康被害との因果関係は確認されておりません」
テレビでは専門家がそう繰り返していた。
ただし、注意喚起の文面には妙な一文があった。
『異常な食欲の変化、特定の食品への強い嗜好が見られた場合には、使用を中止し、医療機関に相談してください』
そういった文面はSNSでは笑いものになるだけだった。
『肉食べたくなるだけで病院行けとかw』
『そのうち水飲んだら病院行けって言いそう』
『政府がグール潰しに来てる』
俺も笑った。
そして、グールを吸った。
それから三日後。
会社で昼飯を食べていると、向かいの席の田中が言った。
「最近、焼肉食わないんだって?」
「うん。なんか欲しくなくて」
田中は俺の弁当を見た。
白米。
野菜。
卵。
果物。
「健康的じゃん」
「だろ?」
「でもさ」
田中が少し笑った。
「それ、いつまで続くかな」
「何が?」
「いや、なんでもない」
田中はグールのケースを取り出した。
新しい限定パッケージだった。
翌週。
ニュースで奇妙な事件が報じられた。
市内の公園で、身元不明の遺体が見つかった。
警察は事件性を慎重に調べているという。
SNSでは、すぐに話題になった。
『グールじゃね?』
『またかよ』
『怖すぎ』
『ゾンビみたいなもん?』
その投稿に、誰かが返信していた。
『ゾンビと一緒にすんな』
さらに返信。
『グールは頭いいから』
俺はその文章をしばらく眺めていた。
『あなたへのおすすめ』
SNSの通知だった。
動画が表示される。
見知らぬ男がカメラに向かって笑っている。
「グール最高ですよ」
男はそう言った。
「皆さん、まだ怖がってるんですか?」
コメント欄には、
『人間は未知を怖がるからね』
『そのうちみんな吸う』
『グールになったほうが幸せ』
そんな言葉が並んでいる。
男が笑う。
「だって、考えてみてくださいよ」
「ゾンビって、何も考えないでしょう?」
画面の中で、男の目だけが妙に澄んでいた。
「でも僕らは違う」
そこで動画が終わった。
翌朝。
スマホをつける。
SNSには、新しいトレンドが上がっていた。
『#グールたばこ』
『#人間らしく生きよう』
『#GHOUL』
そして、その中に一つだけ。
『#人肉はうまい』
俺は画面を閉じた。
冷蔵庫を開ける。
昨日の牛肉が入っている。
袋を取り出す。
赤い肉を見つめる。
唾液が出た。
牛肉の向こう側に、人間の顔が浮かんだ。
腹が鳴った。




