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グールたばこ

作者: あぜる
掲載日:2026/07/31

流行りの電子タバコ「グール」を嗜好する主人公。

社会の反応とそんな彼の体に起こる変化を描いた作品。

 最初は、ただの電子タバコだった。

少なくとも、発売元はそう言っていた。


 煙は出ない。タールもない。副流煙もない。

従来の紙巻きタバコより健康的で、ニコチンの吸収効率もいい。


 新製品の名前は「GHOUL」。


 なぜそんな名前をつけたのか、発売元は「既存の常識を食い尽くすという意味です」と説明していた。

発売から三日で、SNSはグールの話題で埋まった。


『これマジでうまい』

『紙タバコやめられた』

『集中力えぐい』

『眠くならない』

『食欲なくなるからダイエットにもいいかも』


 インフルエンサーが紹介すると、さらに売れた。

コンビニの棚から消え、ネットでは定価の倍近い値段で転売された。


 俺も買った。

別にタバコが好きだったわけじゃない。

流行っていたからだ。

それだけだった。


 グールを吸い始めて、一週間。

肉を食べたくなった。

正確には、生肉を食べたいと思った。


 身体の調子はよかった。

朝は目覚ましより先に起きる。

仕事中に眠くならない。

頭も妙に冴えている。

だから俺は、グールを疑わなかった。


 おかしいと思ったのは、友人の佐伯がグールをやめたときだった。

「俺、もう無理だわ」

「なんで?」

「肉が食いたくなくなってきた」

冗談だと思った。


 けれど佐伯は笑わなかった。

「お前も気をつけろよ」

「何を?」

「SNS見てないのか?」


 見ていた。

むしろ、以前より頻繁に見ていた。


 グールの愛用者同士が集まるコミュニティもできていた。

そこで最近、妙な投稿が増えていた。


『グール吸ってから肉の味が変わった』

『スーパーの肉じゃ満足できない』

『なんか最近、生肉のほうがうまい』

『それ禁断症状じゃね?』

『グールは関係ないだろ』


 そんな投稿に、決まって大量の返信がついた。


『陰謀論乙』

『紙タバコ業界の工作』

『自己責任でしょ』

『嫌なら吸わなきゃいいだけ』


「電子タバコGHOULについて、健康被害との因果関係は確認されておりません」

テレビでは専門家がそう繰り返していた。


 ただし、注意喚起の文面には妙な一文があった。

『異常な食欲の変化、特定の食品への強い嗜好が見られた場合には、使用を中止し、医療機関に相談してください』

そういった文面はSNSでは笑いものになるだけだった。


『肉食べたくなるだけで病院行けとかw』

『そのうち水飲んだら病院行けって言いそう』

『政府がグール潰しに来てる』


 俺も笑った。

そして、グールを吸った。


 それから三日後。

会社で昼飯を食べていると、向かいの席の田中が言った。


「最近、焼肉食わないんだって?」

「うん。なんか欲しくなくて」


 田中は俺の弁当を見た。


 白米。

 野菜。

 卵。

 果物。


「健康的じゃん」

「だろ?」

「でもさ」


 田中が少し笑った。

「それ、いつまで続くかな」

「何が?」

「いや、なんでもない」


 田中はグールのケースを取り出した。

新しい限定パッケージだった。



 翌週。


 ニュースで奇妙な事件が報じられた。

市内の公園で、身元不明の遺体が見つかった。

警察は事件性を慎重に調べているという。


 SNSでは、すぐに話題になった。


『グールじゃね?』

『またかよ』

『怖すぎ』

『ゾンビみたいなもん?』


 その投稿に、誰かが返信していた。

『ゾンビと一緒にすんな』


 さらに返信。

『グールは頭いいから』


 俺はその文章をしばらく眺めていた。


 『あなたへのおすすめ』

SNSの通知だった。

動画が表示される。


 見知らぬ男がカメラに向かって笑っている。

「グール最高ですよ」

男はそう言った。

「皆さん、まだ怖がってるんですか?」


 コメント欄には、

『人間は未知を怖がるからね』

『そのうちみんな吸う』

『グールになったほうが幸せ』

そんな言葉が並んでいる。


 男が笑う。

「だって、考えてみてくださいよ」

「ゾンビって、何も考えないでしょう?」


 画面の中で、男の目だけが妙に澄んでいた。


「でも僕らは違う」

そこで動画が終わった。


 翌朝。


 スマホをつける。

SNSには、新しいトレンドが上がっていた。


『#グールたばこ』

『#人間らしく生きよう』

『#GHOUL』


 そして、その中に一つだけ。

『#人肉はうまい』


 俺は画面を閉じた。


 冷蔵庫を開ける。

昨日の牛肉が入っている。

袋を取り出す。

赤い肉を見つめる。

唾液が出た。


 牛肉の向こう側に、人間の顔が浮かんだ。

腹が鳴った。

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