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第74話:跳躍
「行ってくる」
ナユタはこれ以上留まれば決心が鈍ると悟り、二人に背を向け、青白い光の亀裂へと歩みを進めた。
亀裂に触れた瞬間、凄まじい風が吹き荒れ、視界が真っ白に染まっていく。
鼓膜を劈くような轟音の中、ナユタは自らの細胞が一度分解され、全く別の座標で再構築されていくような、強烈な圧迫感と浮遊感に包まれた。
千年の時が、一瞬にして逆流していく。
平安の土の匂い、木々のざわめき、冷たい雨の感覚、そして共に戦った日々の記憶が、凄まじい速度で頭の中を駆け巡り、徐々に遠ざかる。
「あにさま、ありがとう!」
光が完全に閉じる直前、スイの精一杯の叫び声が背後から聞こえた。
ナユタは振り返らず、ただ前を見据えた。振り返れば、確実に泣いてしまうからだ。
ポケットの中の布紐が、彼の太ももに確かな重みとして当たっている。彼らは繋がっている。
強烈な閃光が弾け、空間が大きく揺らいだ。
盆地に残されたのは、吹き抜ける風の音と、消えた亀裂の跡を静かに見つめる二人の姿だけだった。
「本当に行っちゃったね」
スイが目を真っ赤に腫らしながら言うと、朱音は彼女の小さな肩を力強く抱き寄せた。
「ああ。でも、あいつは必ずやり遂げるよ。さあ、私たちも行くよ。この時代にはまだ、壊さなきゃいけない理不尽が山ほど残ってるからね」




