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第69話:真眼

都を背にして数日が経ち、三人は人気のない険しい山道を歩いていた。

右大臣という巨大なシステムを物理的に破壊した代償として、彼らは追われる身ではなくなったものの、歴史の表舞台からは完全に姿を消す必要があった。

木々の間から差し込む日差しは冷たく、枯れ枝を踏む乾いた音だけが静寂の森に響き渡っている。


ナユタは、ずっと胸の奥に引っかかっていた疑問を口にする決意を固めた。歩みを緩め、自分の少し後ろを歩く小さな影を振り返る。


「スイ。君の目は、人の嘘が見えると言っていたね。それが、賀茂の一族が右大臣に滅ぼされた本当の理由なのか」


スイはぴたりと立ち止まり、足元の落ち葉をじっと見つめた。

彼女の小さな肩が、わずかに、しかしはっきりと震え始める。


「……私のお父様とお母様は、私を屋敷の地下牢のような場所にずっと隠していたの。私を守るためじゃなかった。私を、心の底から恐れていたから」


スイの瞳は、霊的な視覚に特化しすぎた突然変異だった。

人間の発する言葉の裏にある、嫉妬、計算、保身、そして殺意。それらがすべて、明確な形や色、そして温度を持って視界に飛び込んでくる。幼いスイは、両親が表面上は優しく微笑みながら、心の奥底で彼女を「不気味な化物」として忌み嫌い、遠ざけようとしていることを、物心ついた時から知っていたのだ。


「賀茂の家は、陰陽道の権威だった。でも、大人たちはみんな、出世や保身のために嘘ばかりついていた。私がそれを指摘するたびに、お父様はひどく怒って、私を光の届かない暗い部屋に閉じ込めたの」


そして、その異端の能力の噂は、どれほど厳重に隠そうとしても、使用人たちの恐怖心や貴族たちの好奇心を伝って壁を越え、漏れ出していく。

右大臣は、人間の「本音」という、最も不確定で秩序を乱す要素を可視化してしまうスイの存在を、自身の完璧な箱庭にとって最大の異常事態だと判断した。だからこそ、一族もろとも歴史から抹消するという極端な手段に出たのだ。


「私が化物だから、みんな死んだの。私の目が、家族も、家も、全部を壊した」


スイの両目から、大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちた。地面の落ち葉を濡らすその涙には、幼い子供が背負うにはあまりにも過酷な自責の念が込められていた。


ナユタは無言でスイの前にしゃがみ込み、その小さな両肩をしっかりと掴んだ。


「君は化物じゃない。ただ、誰もが見ないふりをしている『本当のこと』が見えてしまうだけだ。嘘をついて人を傷つける大人たちと、自分の嘘を暴かれて逆上する権力者。壊れていたのは、君の目じゃなくて、彼らの心の方だ」


ナユタの真っ直ぐな言葉に、スイは涙で濡れた顔を上げた。

彼女の目には、ナユタの言葉に一切の偽善や同情が含まれていないことが、透き通るような純白の光として見えていた。


「この先も、君の目はたくさんの汚いものを見るかもしれない。でも、僕や朱音さんのように、君の目を絶対に恐れない人間もいる。だから、もう自分の存在を謝らなくていいんだ」


スイはこらえきれなくなり、ナユタの胸に飛び込んで、子供のように声を上げて泣いた。

それは、一族の罪と、自分自身の呪縛から解放された、本当の涙だった。ナユタは、彼女の泣き声が森の静寂に溶けていくまで、ずっとその背中をさすり続けていた。

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