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第7話:疫病

山を越え、二人がたどり着いたのは、交通の要衝にある宿場町だった。 だが、その町は異様な静けさに包まれていた。 人の往来はある。しかし、誰もが口元を布で覆い、互いに距離を取り、怯えるような目で周囲を窺っている。


町中に漂うのは、腐った果実のような甘い臭いと、それを打ち消そうと焚かれた線香の煙たさ。


「……咳の音が、多い」


ナユタは眉をひそめた。 あちこちの家から、絶え間なく乾いた咳き込みと、苦しげな呻き声が聞こえてくる。


「疫病だね」


朱音が淡々と言った。


「『赤斑瘡あかもがさ』……今で言う天然痘だよ。この時代、一度流行れば村の一つや二つ、簡単に全滅する」


ナユタは息を呑んだ。 天然痘。現代では根絶されたはずの病。しかし、ワクチンのないこの時代では、致死率の高い死神そのものだ。


「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」


町の広場に、人だかりができていた。 人々がひれ伏す先には、一段高い祭壇が組まれ、きらびやかな法衣を纏った僧侶が立っている。 **法眼ほうげん慈円じえん**と名乗るその男は、朗々とした声で説法を行っていた。


「嘆くことなかれ! この疫病は、都の穢れが招いた天罰である! だが、我が祈祷を込めたこの『聖水』を飲めば、仏の加護により穢れは祓われるであろう!」


慈円の足元には、小さな瓶が並べられている。 痩せこけた町民たちが、我先にとそれに群がっていた。


「お上人様! その水を……その水を私に!」 「銭だ! 銭を置いた者から順に授ける!」


僧侶の弟子たちが、町民からなけなしの銭や、食料を巻き上げ、代わりに濁った水の入った瓶を渡していく。


「……馬鹿な」


ナユタは愕然とした。 不衛生な水を回し飲みさせ、密集して祈祷を行う。それは対策どころか、感染を拡大させる自殺行為だ。


「やめろ……! そんなことをしても治らない!」


ナユタは思わず声を上げていた。 群衆の視線が一斉にナユタに突き刺さる。


「なんだ貴様は!? お上人様の法力を疑うのか!」 「違う! 病気は『穢れ』じゃない、人から人へうつる『毒』みたいなものなんだ! 集まっちゃだめだ、病人を隔離して、水を煮沸して……!」 「黙れぇッ!!」


怒号が飛んだ。 それは慈円からではなく、水を求めていた町民たちからだった。


「お上人様は、俺たちを救ってくださる唯一の方だ!」 「余計なことを言って、仏罰が当たったらどうする!」 「出て行け! 悪魔め!」


石が投げられた。 ナユタの頬をかすめ、血が滲む。 彼らの目は、恐怖と狂信で濁っていた。正しい知識など求めていない。すがりつける「救い」があれば、それが偽物でも構わないのだ。


「……行こう、ナユタくん」


朱音が静かにナユタの袖を引いた。


「言葉は届かないよ。今の彼らにとって、正しいのは『医学』じゃなくて『信仰』なんだ」


ナユタは唇を噛み締め、祭壇の上の慈円を睨みつけた。 慈円は、ナユタをあざ笑うように見下ろしている。その目は、信仰者のものではなく、商人のように冷徹に利益を計算する目だった。

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