第64話:矛盾
「朱音さん、スイを守って!」
ナユタは叫び、落ちていた近衛兵の刀を拾い上げた。
襲い来る槍を刀で弾き、体術で躱す。現代の総合格闘技の動きに、この時代で生き抜くための野生的な勘が混ざり合う。
だが、兵士の数は圧倒的だ。切りがない。
「蘇芳! あんたの術で、なんとかして!」
ナユタが叫ぶが、蘇芳は壁際で煙管を咥えたまま、動こうとしない。
ただの観客のような、冷ややかな目。
「彼らは右大臣の権威に絶対服従している。私の幻術で心を揺さぶるには、少し時間がかかる」
「根性なしめ……ッ!」
ナユタは毒づきながら、近衛兵の波を凌いだ。
朱音は、スイを背中に庇いながら、近衛兵を次々と殴り飛ばしていた。しかし、都の霊力が右大臣に集まっているせいか、彼女の鬼としての身体能力も、以前ほどの圧倒的な威力を持っていなかった。
ナユタは、刀を構え直しながら、玉座に座る右大臣を見た。
青白い光に守られた、完璧な存在。
「……あんたの言う秩序は、ただの恐怖だ」
ナユタは声を絞り出した。
「誰もが息を潜めて、誰かが排除されるのを黙って見ている。それが完璧な世界か? あんた自身が、その恐怖を作り出している最大の穢れだ!」
右大臣は、書簡に向かっていた筆を止めた。
その目には、初めてナユタに対する不快感が浮かんでいた。
「愚かな。穢れとは、秩序を乱す不確定要素のことだ。貴様のような、理屈を捏ねる浮浪者こそが、排除されるべき穢れなのだ」
「あにさま!」
スイの声が、ナユタの脳裏に響いた。
「あの人の光……床下から来てるんじゃない。天井! あの大きな黄金の飾りの奥から、すごく強い力の匂いがする!」
ナユタは天井を見上げた。
広間の中央、右大臣の真上にある、巨大な葵の紋の黄金細工。
都の霊力は、そこから右大臣へ供給されていたのだ。




