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第62話:権威

広間は、恐ろしいほどの静寂に支配されていた。

御簾の奥、一段高くなった上座に、一人の男が座っている。

初老の男だ。派手な装束は着ていないが、その姿勢と佇まいだけで、彼がこの国の頂点に立つ者であることを示していた。


右大臣。

数々の陰謀を巡らせ、都を無菌室のように作り変えた元凶。

だが、彼はナユタたちが踏み込んできても、微塵も動揺を見せなかった。

ただ手元の書簡に筆を走らせている。


「泥靴で上がるとは。礼儀を知らぬ者たちだ」


右大臣の声は、低く、しかし広間全体を震わせるような重みがあった。


「あんたが右大臣か」


ナユタが前に出る。懐から、厳鉄から奪った葵の紋の密書を取り出し、床に叩きつけた。


「あんたの企みは全部知っている。帝を呪いで殺し、自分に都合のいい世界を作ろうとしていることも。……賀茂の一族を罠にはめて消したこともだ」


右大臣は筆を止め、ゆっくりと顔を上げた。

その目には、ナユタたちへの怒りも、密書を突きつけられた焦りもない。

あるのは、路傍の石ころを見るような、絶対的な無関心だった。


「それがどうしたというのだ」


右大臣の言葉に、ナユタは一瞬言葉を失った。

証拠を突きつければ、相手は取り乱すか、言い逃れをすると思っていたのだ。


「私が帝を排除し、秩序をもたらそうとしている。それが事実だとして、誰が私を裁くのだ? 貴様らのような、名もなき浮浪者か?」


右大臣が軽く手を叩く。

すると、御簾の背後や部屋の四隅から、完全武装の近衛兵たちが音もなく現れ、ナユタたちを取り囲んだ。

景虎の部隊以上の、圧倒的な数と殺気。


「この国では、私が法だ。私が穢れと言えば、それは穢れになる。貴様らが手にしたその紙切れなど、ただのゴミに過ぎない」


右大臣は再び筆を取り、書簡に向かった。


「そこな者たちを処分しろ。血でこの部屋を汚すな」


権威という名の絶対的な暴力。

理屈も証拠も通用しない。彼が黒と言えば白も黒になる世界。

ナユタは拳を強く握りしめた。

言葉が通じない相手に、どうやって立ち向かえばいいのか。


「……ナユタくん」


朱音が、ナユタの肩に手を置いた。


「ここは理屈の世界じゃない。……なら、私の出番だ」


朱音の蒼い瞳が、右大臣を見据えて強烈な光を放ち始めた。

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