第61話:破綻
「朱音さん」
ナユタは、横で歯を食いしばっている朱音に声をかけた。
「戦おうとするから縛られるんだ。……攻撃するな。ただ『落ちる』だけでいい」
「落ちる……? ああ、なるほどね」
朱音はナユタの意図を瞬時に理解した。
鬼としての闘争心を完全に消し去る。敵を倒すためではなく、ただ自分自身の『質量』を変化させるという、純粋な物理現象への移行。
「蘇芳、少しどいてな!」
朱音が叫ぶと同時、彼女は自らの体にかかる重力を極限まで高めた。
それは他者への攻撃ではない。ただの自重の増加だ。
空間の規則は、ただそこに重い物体が存在するという事実に対しては、なんの制限もかけられない。
メキメキメキッ!
白露の計算を遥かに超えた数トンの質量が、ピンポイントで白い回廊の床板にのしかかる。
「な……!?」
白露が初めて声を上げた。
彼が構築した完璧な論理の空間は、物理的な床の強度の限界によって破綻を来したのだ。
轟音と共に床が抜け落ち、巨大な穴が開く。
白露の足元の陣も砕け散り、彼自身も瓦礫と共に下の階へと落下していった。
同時に、ナユタたちを縛り付けていた見えない圧力が完全に消え去る。
「……ざっとこんなもんさ。頭でっかちの規則なんて、地面がなくなれば終わりだよ」
朱音が軽く肩を回しながら立ち上がった。
ナユタも立ち上がり、息を吐く。
「急ごう。下から戻ってくる前に、ここを抜ける」
「君たちのその無茶苦茶なやり方、嫌いではないよ」
蘇芳が愉快そうに笑い、先を歩き出す。
白露の完璧な空間を力技で踏み破った四人は、さらに大内裏の深部へと続く回廊を駆け抜けた。
周囲の装飾が、次第に異常なほどの豪華さを帯びてくる。
黄金の細工、白木の柱、そして塵一つない鏡のような廊下。
ついに、彼らはその終点、巨大な御簾が下ろされた広間へと到達した。




