第6話:種火
国司の屋敷は、逃げ去った護衛たちによって放棄されていた。 蔵を開けると、そこには床が抜けるほど積まれた米俵と、山のような絹織物が隠されていた。 それらは全て、村人たちの手によって運び出され、本来の持ち主たちの元へと返された。
「ありがてぇ……ありがてぇ……」
村長をはじめ、村人たちは涙を流しながらナユタと朱音に手を合わせていた。 枯れ果てていた村に、久しぶりに飯を炊く匂いが漂う。 それは、死にかけていた村に「生」が戻った証だった。
「本当は、もっと根本的な解決が必要なんだろうけど……」
ナユタは、村外れの丘からその様子を眺めて呟いた。 国司一人を倒しても、都の腐敗した政治が変わるわけではない。また新しい国司が来れば、同じことが繰り返されるかもしれない。
「それでも、種は蒔かれたよ」
隣に立った朱音が、穏やかな声で言った。
「彼らは知った。理不尽は『変えられるもの』だってことを。今日食べたお米の味と、アンタが見せた勇気は、きっと彼らの心に種火として残る」 「……そうだといいな」 「そうだよ。だから、胸を張って」
朱音はナユタの背中をバンと叩いた。
「君の正義感(魂)が私を動かして、私の力が彼らを救った。君がいなければ、私はただ眠っていただけだし、この村は終わってた。……すごいよ、ナユタくんは」
彼女の言葉には、嘘もお世辞もなかった。 ナユタは照れくさそうに鼻をこすった。
「朱音さんの『重罪』って能力、すごいね。奪った量を正確に測れるの?」 「測ったわけじゃないよ。ただ、因果は嘘をつかないから」
朱音は自身の胸に手を当てた。
「私がその罪を『許せない』と心から思うこと。そして何より……私の契約者である君が、その理不尽に対して本気で怒り、心を震わせていること」
彼女はナユタの目を真っ直ぐに見た。
「君の純粋な義憤が、私の力の引き金なの。君が怒らなければ、私はあんな重さを引き出せない」 「僕が……トリガー……」
ナユタは自分の震える拳を見つめた。 ただの弱虫だと思っていた自分。けれど、この震えが、最強の鬼を動かす鍵になっている。 責任の重さを感じると同時に、隣にいる彼女への信頼が胸に満ちた。
「行こうか、ナユタくん。この国には、まだまだ泣いている人がたくさんいる」 「うん」
二人は村を後にした。 行く手には、暗雲が立ち込める平安の都、そして地方の闇が広がっている。 だが、もう足はすくまない。
「理想論? それで結構! 私たちが通った後が、理想の世界になるんだから!」
ナユタの心にある言葉を、まるで読み取ったかのように朱音が笑って言った。 泥にまみれた道を、二つの影が並んで歩いていく。 その先には、歴史を変える大きなうねりが待っていた。




