第58話:儀典
地下道をさらに進み、大内裏の真下と思われる空間に到達した。
そこは巨大な空洞になっており、天井には無数の太い柱がそびえ立っている。
だが、その空間は異常な圧迫感に満ちていた。
「……息が、苦しい」
スイが胸を押さえてしゃがみ込んだ。
ナユタも激しい耳鳴りを感じていた。空気が重いのではない。空間そのものが、何か巨大な力によって歪められているような感覚だ。
「始まっているな」
蘇芳が天井を見上げて言った。
彼の目は、常人には見えない呪力の流れを捉えていた。
「右大臣の儀式だ。都全体の『無菌状態』の霊力を一点に集め、帝の寝所へ流し込んでいる。……帝の命を『穢れ』と見なし、純粋な秩序の力で圧殺しようとしているのだ」
直接手を下す暗殺ではない。
都の清浄さを保つという名目で集めた力を使い、帝の生命力を少しずつ削り取る。病死に見せかけた、完璧な盤石の暗殺計画。
「そんなこと、絶対にさせない」
ナユタは天井の太い柱を睨みつけた。
「この柱が、その力を上に送る通り道になっているのか?」
「ああ。だが、ただ壊しても無駄だ。すぐに修復される」
蘇芳は白紙の札を取り出し、柱の表面に貼り付けた。
札は一瞬で黒く焦げ落ちる。
「上からの圧力が強すぎる。私の術では、この流れを逆流させることは不可能だ」
「逆流させなくていい。……ショートさせればいいんだ」
ナユタの目に、鋭い光が宿った。
彼は現代の電気回路の知識を応用しようとしていた。
「綺麗すぎる力で押し潰そうとしてるなら、そこに異物を混入させれば、システム全体がエラーを起こすはずだ」
ナユタは朱音を見た。
「朱音さん。この地下の……貧しい人たちが暮らしていた場所の泥や、カビだらけの土を集めてきてくれ。ありったけだ」
朱音は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐにナユタの意図を理解し、ニヤリと笑った。
「なるほどね。綺麗好きな右大臣サマに、とびきりの泥水をお見舞いしてやるってわけだ」
朱音は凄まじい速度で地下道を逆走し、暗渠の底に溜まっていたヘドロや腐葉土を大量に抱えて戻ってきた。
「蘇芳。あんたの術で、この泥を柱の術式に直接打ち込んでくれ。できるか?」
「……正気か? そんなことをすれば、結界が暴走して上がどうなるか分からないぞ」
「構わない。完璧な秩序なんて、壊れるくらいでちょうどいい」
ナユタの迷いのない言葉に、蘇芳は少しだけ呆れたように笑い、そして呪印を結んだ。
彼にとっても、右大臣の完璧なシステムが崩壊するのは望むところだったのだ。
蘇芳の術によって、朱音が集めた大量の泥が、青白く光る柱の中に強制的に注入された。
純粋な秩序の力に、地下の泥臭い現実が混ざり合う。
バチバチバチッ!!
柱からけたたましい火花が散り、天井全体が大きく鳴動した。




