第57話:廃道
「これが、大内裏の地下へ通じる古地図です」
老人は震える手で、カビの生えた羊皮紙を広げた。
そこには、現在の整然とした都の地下に、血管のように張り巡らされた古い水路と抜け道が描かれていた。
「右大臣が都を造り替える前、かつての人々が使っていた地下道だ。今は完全に封鎖され、忘れ去られている」
蘇芳が地図を覗き込み、細い指で一つの経路をなぞった。
大内裏の中心、儀式が行われるであろう清涼殿の真下まで繋がっている。
「案内はここまでだ、じいさん。君は他の者たちと地下のさらに奥へ隠れていなさい。上が騒がしくなる」
蘇芳の言葉に、老人は深く頷き、スイに向かって静かに平伏した。
スイは何も言えなかったが、その小さな手で老人の皺だらけの手を一度だけしっかりと握り返した。
四人は、地図が示す廃棄された水路へと足を踏み入れた。
光は一切なく、空気はひどく淀んでいる。
ナユタは現代の知識で作った即席の松明を掲げ、先頭を歩いた。
「……あにさま、気をつけて」
スイが背後からナユタの服を引いた。
彼女の目は、暗闇の先をじっと見据えている。
「土の匂いじゃない。……乾いた、冷たい石の匂いが動いてる」
その直後、松明の明かりが前方の異形を照らし出した。
通路を塞ぐように立っていたのは、人間ではない。
土と石で形作られた、身長八尺はある巨大な泥人形、土塊の式神だった。
「防衛機構か。右大臣め、こんな地下深くにまで番犬を配置していたとはな」
蘇芳が舌打ちをする。
泥人形たちは音もなく動き出し、巨大な腕を振り上げて四人に迫ってきた。
「下がってて!」
朱音が前に飛び出し、泥人形の胴体に強烈な蹴りを叩き込む。
凄まじい衝撃音と共に泥人形は粉々に砕け散った。
だが、次の瞬間、砕けた土くれが意志を持っているかのように集まり、再び元の巨体を形成し始めたのだ。
「チッ、面倒な……!」
朱音の異能は、罪の意識を重力に変換するものだ。
しかし、この泥人形たちには心がない。罪もない。ただ「侵入者を排除する」という術式だけで動く無機物だ。朱音の能力は完全に無効化されていた。
「物理攻撃じゃキリがない! ナユタくん、どうする!」
朱音が次々と迫る泥人形を殴り飛ばしながら叫ぶ。
ナユタは周囲の壁と、泥人形の動きを観察した。
彼らは無秩序に動いているわけではない。必ず通路の中央に陣取り、一定の距離を保っている。
「スイ! あいつらを動かしてる『核』みたいなものの匂い、分かるか!」
ナユタの問いに、スイは目を閉じて感覚を研ぎ澄ませた。
「人形の中じゃない。……壁の中! 右の壁の奥から、冷たい風の匂いが糸みたいに繋がってる!」
「そこか!」
ナユタは朱音に指示を飛ばした。
「朱音さん、右の壁の、少し出っ張ったレンガのあたりを壊してくれ!」
「了解!」
朱音は泥人形の攻撃を躱し、壁に向かって全力の拳を叩き込んだ。
轟音と共に壁が崩れ、中から青白く光る巨大な呪符の束が露わになる。
ナユタがそれを松明の火で燃やし尽くすと、泥人形たちは一瞬で動きを止め、ただの土の山へと崩れ落ちた。
「やるじゃないか、少年」
蘇芳が感心したように言う。
「でも、これはただの小手調べだ。中枢に近づくほど、仕掛けは厄介になる」
ナユタは無言で松明を握り直した。
どれほど理不尽な壁が立ち塞がろうと、引き返すという選択肢は彼らにはなかった。




