第56話:暗渠
「この都の表通りで、君たちの力は通用しない。……だから、裏から行く」
蘇芳はそう言うと、路地のさらに奥、壁に同化するように作られた古びた鉄格子を指でなぞった。
呪の力が働き、鉄格子が音もなく開く。
そこには、地下へと続く暗く湿った階段が口を開けていた。
「下水路か」
「ただの排水溝ではない。ここは『暗渠』。表の都から穢れとして排除された者たちが、死に物狂いで生き延びている吹き溜まりだ」
蘇芳を先頭に、暗い階段を降りていく。
湿った空気と、カビの匂いが充満している。
だが、一番下まで降りた時、ナユタは広大な地下空間に無数の灯りが揺れているのを見た。
薄暗い空間に、廃材で作られたバラックがひしめき合っている。
病を患った者、怪我で働けなくなった者、そして体制に異を唱えて追放された者たち。
表の都の完璧な美しさは、この地下にすべての汚濁を押し込めることで成立していたのだ。
「……あにさま」
スイが、周囲を見渡して言った。
「ここは汚いけど……人の匂いがする。生きてる匂いがするよ」
その時、バラックの陰から、杖をついた一人の老人がゆっくりと近づいてきた。
老人は警戒に満ちた目でナユタたちを見ていたが、スイの顔を見た瞬間、その目が大きく見開かれた。
「その顔……まさか」
老人が震える手で、スイの頬に触れようとする。
ナユタが警戒して間に入ろうとしたが、老人はその場に膝をつき、声を上げて泣き崩れた。
「おお……生きておられたか。……賀茂の姫君よ」
「え……?」
スイは戸惑い、ナユタの背中に隠れた。
老人は涙を流しながら、何度も地面に頭を下げている。
「私はかつて、賀茂の屋敷で庭番をしておりました。……あの日、右大臣の兵によって屋敷が焼かれた夜、姫君だけは乳母に抱かれて逃げ延びたと信じておりました」
老人の言葉に、ナユタと朱音は顔を見合わせた。
スイが有力貴族の血を引いていることは予想していたが、まさかこの地下で、彼女を知る者に出会うとは。
「再会の感動に水を差すようで悪いが、時間がない」
蘇芳が冷徹に会話に割り込んだ。
「右大臣の星回りが最も強くなる儀式の日が迫っている。彼が帝の命を完全に絶ち、実権を握る前に、あの密書を中枢に突きつけなければならない。……じいさん、地下から大内裏へ繋がる隠し通路の図面は、まだ持っているな?」
老人は涙を拭い、力強く頷いた。
反逆の火種は、光の届かない地下の底で、静かに、だが確実に燃え上がろうとしていた。




