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第55話:排除

「そこまでだ」


検非違使の一人が、無表情のまま転んだ子供を見下ろした。

母親はその場に泣き崩れ、何度も地面に額を擦り付けている。


「お許しください! 決して悪気はなかったのです、ただ少し躓いただけで……すぐに洗い流しますから!」


「法に例外はない。血を流す者は穢れを広める者。直ちに隔離区画へ移送する」


兵士たちが子供の腕を両脇から無造作に掴み上げる。

子供が泣き叫ぶが、母親は助けようとしない。いや、助けられないのだ。ここで庇えば、自分も同罪として排除される。

周囲の群衆も、同情するどころか「早く連れて行け」という冷ややかな、そして怯えた視線を向けているだけだった。


「ふざけるな……!」


ナユタが思わず前に出ようとした瞬間、蘇芳が強烈な力でナユタの腕を掴み、路地の陰へと引きずり込んだ。


「離せ! あの子は何の罪も犯してない!」


「君が飛び出せば、あの親子もろともここで斬り捨てられるだけだ」


蘇芳はナユタを壁に押し付け、極めて冷静に言った。


「見ただろう。あれがこの都の『正義』だ。群衆の目を見ろ。彼らは検非違使を恐れているだけではない。穢れを出したあの子供を、本気で『社会の敵』だと憎んでいるのだよ」


ナユタは絶句した。

人々は支配されているだけではない。完璧な秩序という名の異常なルールを内面化し、互いを監視し合っているのだ。


「……私の力も意味がないね」


朱音が忌々しげに壁を殴った。


「あいつらの中に、悪意も罪の意識もない。ただ『規則だから』という空っぽの理由だけで動いてる。……重力で潰すための『重り』が、あいつらの心には存在しないんだ」


罪悪感のない悪。

それは、朱音の異能を完全に無効化する、最悪のシステムだった。

ナユタたちは何もできないまま、泣き叫ぶ子供が白装束の兵士たちに連れ去られていくのを、暗い路地から見送ることしかできなかった。

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