第54話:潔癖
都の内部は、異様なほどの静寂に包まれていた。
整備された広い大通りには塵一つ落ちておらず、立ち並ぶ家々の軒先は定規で引いたように真っ直ぐに切り揃えられている。
すれ違う人々の身なりは清潔そのもので、貧しい身なりの者や、道端に座り込むような者は一人もいない。
「……変な場所」
スイがナユタの背中に隠れながら周囲を見渡した。
「泥の匂いが全くしない。……冷たい石みたいな、不自然な匂いばかり」
スイの言う通りだった。
人が密集して暮らしているはずなのに、生活の熱気や雑音がない。
道行く人々は皆、一定の歩幅で歩き、決して隣の者と目を合わせようとしない。まるで決められた軌道を歩く操り人形だ。
「これが右大臣の作り上げた完璧な箱庭さ」
蘇芳が前を歩きながら、周囲に聞こえない程度の声で言った。
「病、貧困、争い、そして体制への不満。彼はそれらを全て『穢れ』と定義した。そして、穢れを持つ者を都の結界から徹底的に追放したのだ。残されたのは、法と秩序に絶対服従する、無害な民だけだ」
「……気持ち悪いね」
朱音が周囲の人間を眺めながら呟いた。
「生きてる人間の顔じゃない。ただ、誰かに怒られないように息を潜めてるだけだ」
その時だった。
彼らの少し前を歩いていた幼い子供が、石畳のわずかな段差に足を取られて転倒した。
ドン、という音が響き、子供の膝から赤い血が滲み出す。
普通の町なら、親が慌てて駆け寄り、周囲の人々も心配して声をかけるだろう。
だが、この都の反応は違った。
母親は子供を抱き起こすどころか、顔面を蒼白にして数歩後ずさった。
周囲を歩いていた人々も、まるで恐ろしい怪物でも見たかのように、子供から一斉に距離を取り、巨大な空白地帯を作り出した。
「血だ……」
「穢れが出たぞ……」
誰かが震える声で呟いた。
その声に呼応するように、道の先から白装束に身を包んだ検非違使の巡回部隊が、音もなく現れた。




