第53話:幻影
「どうするの、蘇芳。アンタの案内、いきなり行き止まりじゃない」
朱音が臨戦態勢をとる。
だが、蘇芳は慌てる様子もなく、再び懐から煙管を取り出した。
「案ずるな。彼らは正規の兵士ではない。右大臣の定めた規則に従って、結界の管理だけをやらされている下端の役人だ。……心が脆い」
蘇芳が煙管に火をつけ、紫色の煙を吐き出す。
煙は風に乗り、若い陰陽師たちの方へ流れていく。
「む、何だこの煙は……!」
陰陽師たちが呪符を構えようとした瞬間、彼らの動きがピタリと止まった。
その目は虚ろになり、何もない空間を見つめて震え始めた。
「ひ、ひぃぃッ! 怨霊だ! 賀茂の怨霊が復讐に来た!」
「来るな! 私は命じられただけだ! 結界を張れと言われただけなんだ!」
彼らは錯乱し、見えない敵に向かって呪符を投げつけ、ついには互いに組み合って争い始めた。
蘇芳の幻術が、彼らの心の奥底にある「罪悪感」や「恐怖」を増幅させ、幻影として見せているのだ。
「……なんて趣味の悪い術だ」
ナユタは同士討ちを続ける陰陽師たちを見て、嫌悪感を露わにした。
「効果的だろう? 彼らは自分の恐怖に負けて、自滅していく。私たちが手を下す必要はない」
蘇芳は冷たく笑う。
だが、その時。
「やめて!」
ナユタが走り出した。
彼は錯乱して殴り合う陰陽師たちの間に割って入り、両腕を広げて彼らを強引に引き離した。
「ナユタくん!」
朱音が驚いて声を上げる。
陰陽師の一人が、ナユタを怨霊と勘違いし、その肩を強く突き飛ばした。ナユタは地面に倒れ込むが、すぐに立ち上がった。
「目を覚ませ! 誰も復讐なんか来てない!」
ナユタの叫びに、陰陽師たちの動きが一瞬止まった。
ナユタは蘇芳を睨みつけた。
「術を解け。……彼らはただ命令に従ってただけだ。こんな風に心を壊して同士討ちさせるなんて、やり方が汚すぎる」
「汚い? 君は本当に未来人なのか? 戦いにおいて手段を選ぶ余裕などないはずだが」
「僕たちは、理不尽を壊すためにここに来たんだ。あんたみたいに、弱い者同士を争わせて笑うためじゃない!」
ナユタの真っ直ぐな怒りに、蘇芳は少しだけ目を見開いた。
そして、ため息をつきながら指を鳴らす。
紫の煙が消え、陰陽師たちは幻影から解放され、その場にへたり込んだ。
「……浅はかな正義感だ。だが、その純粋さが右大臣にはない劇薬になるかもしれないな」
蘇芳は興味深そうにナユタを見た。
朱音がナユタの横に立ち、倒れた陰陽師たちを冷ややかに行き過ぎる。
「行くよ、ナユタくん。この呪術師、信用しすぎると足元をすくわれるよ」
「ああ、分かってる」
三人は、気絶した陰陽師たちを残し、開かれた門を通ってついに都の内側へと足を踏み入れた。
そこには、異常なほどに整然とした、無機質な街並みが広がっていた。
本物の闇は、この清潔な箱庭の中心に潜んでいる。




