第51話:潜行
雨が上がり、冷たい霧が立ち込める森の中を、四人は無言で進んでいた。
蘇芳の足取りは軽く、道なき道を迷いなく進んでいく。
「この先は、正規の街道を外れた獣道だ。景虎の犬どもも、ここまでは追ってこられない」
蘇芳は振り返りもせずに言った。
彼の周囲には、目に見えない薄い膜のようなものが張られている。彼が歩いた後の足跡は、まるで最初から存在しなかったかのように、周囲の草木が自然に起き上がり、隠されていく。
隠蔽の呪術だ。
「便利な術だね。泥棒には最適だ」
朱音が皮肉げに言うと、蘇芳は肩をすくめた。
「泥棒とは人聞きが悪い。私はただ、この世界の不都合な真実を隠したり、暴いたりするだけだよ。……右大臣がやっていることと同じさ」
蘇芳の口から、再び右大臣という名が出た。
ナユタはスイの手を引きながら尋ねた。
「右大臣って、どんな奴なんだ? 帝を操って、何をしようとしてる?」
「完璧な箱庭を作ろうとしているのさ」
蘇芳は立ち止まり、霧の向こうを指差した。
遠くに、巨大な城壁のようなものが霞んで見える。都の結界だ。
「彼は『穢れ』を極端に恐れている。病気、貧困、そして反逆の意志。それら全てを穢れと定義し、都の外へ排除した。都の中は今、富と秩序だけで満たされた、無菌室のような場所になっている」
そして、その秩序を乱す可能性のある者は、身分を問わず容赦なく処罰される。
スイの生家である賀茂一族も、その過度な潔癖政策の犠牲になったのだろう。
「……息苦しいね。私がいた時代より酷いかもしれない」
ナユタは現代社会の同調圧力を思い出し、眉をひそめた。
形は違えど、本質は同じだ。異物を徹底的に排除し、見せかけの平和を維持するシステム。
それを壊すために、彼らはここまで来たのだ。




