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第50話:取引

「どういう意味だ」


ナユタは木の枝を構えたまま、蘇芳を睨みつけた。


「言葉通りの意味さ」


蘇芳は崩れた仏像の台座に腰掛け、懐から煙管きせるを取り出した。


「君たちは景虎から逃げ切ったと思っているかもしれないが、都の警備はあんなものではない。右大臣はすでに、君たちを暗殺するための裏の部隊を動かしている。……正義感だけで乗り切れるほど、この国の闇は浅くない」


「なら、どうしろって言うんだ」


「私と手を組まないか?」


蘇芳は紫色の煙を細く吐き出しながら言った。


「私は都の裏道も、貴族たちの弱みも熟知している。君たちを誰にも見つからずに都の中枢まで案内してやれる。……その娘の身の安全も保障しよう」


「アンタの目的は何?」


朱音が低い声で尋ねた。

無償の善意などではないことは、火を見るより明らかだ。


「復讐だよ」


蘇芳の三日月のような瞳から、ふっと笑みが消えた。


「私はかつて、陰陽寮から追放された身でね。右大臣とその取り巻きの連中が、自分たちに都合の良い予言しかしない無能な呪術師を重用し、私のようなはみ出し者を排除した。……私はあの腐った体制を内側から崩壊させたい」


蘇芳はナユタを指差した。


「君たちの持つ密書と、その鬼の暴力。そして娘の血筋。……それらは、右大臣を失脚させるための最高の劇薬になる。君たちは世直しがしたい。私は体制を壊したい。利害は一致しているはずだ」


悪魔の取引だった。

蘇芳は味方ではない。自分たちの目的のためにナユタたちを利用しようとしているだけだ。

だが、彼の言う通り、自分たちだけで都に乗り込むのは自殺行為に近い。景虎のような手強い敵が、今後も無限に湧いてくるのだから。


「……あにさま」


スイが、ナユタの袖を引いた。


「この人……冷たい匂いがする。でも、嘘の匂いはしない」


スイの目は、蘇芳の言葉に偽りがないことを見抜いていた。

彼は本気で国を裏切ろうとしている。


ナユタは少しの間沈黙し、やがて木の枝を床に投げ捨てた。


「……いいだろう。案内を頼む」


「ナユタくん! 正気!?」


朱音が抗議の声を上げたが、ナユタは振り返って朱音の目を見た。


「僕たちには情報が足りない。この国の構造を知るためには、内側に詳しい案内人が必要だ。……それに、こいつが裏切ったら、その時は朱音さんがぶちのめせばいい」


ナユタの言葉に、朱音は一瞬呆れた顔をしたが、すぐに悪戯っぽく笑った。


「……まあ、それもそうだね。私の背後から刺そうなんて奴がいたら、骨の髄まで後悔させてやるし」


蘇芳は二人のやり取りを聞いて、愉快そうに手を叩いた。


「決まりだな。歓迎するよ、無謀な反逆者たち。……これからの旅は、今まで以上に血生臭くなる。覚悟しておくことだ」


雨が小降りになり、廃寺の屋根から水滴が落ちる音が響く。

法を司る追跡者から逃れた先で待っていたのは、秩序を嘲笑う呪術師との危険な共犯関係だった。

都への道は、さらに深く、暗い闇へと続いていく。

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