第49話:呪符
ひらり。
隙間から飛び込んできたのは、一枚の和紙だった。
ただの紙ではない。人の形に切り抜かれた形代だ。
それが空中で静止したかと思うと、表面に描かれた朱色の呪印が怪しく発光し始めた。
「式神か。……趣味の悪い」
朱音が腕を振るう。
見えない衝撃波が形代を捉え、粉々に引き裂いた。
だが、それは始まりに過ぎなかった。
カサカサカサッ!
廃寺の天井、床下、壁の隙間から、無数の形代が羽虫のように湧き出してきた。
それらは空中で鋭い刃のように硬化し、ナユタたちに向かって一斉に襲いかかってくる。
「散れッ!」
朱音が地面を踏み抜く。
凄まじい風圧が形代の群れを吹き飛ばすが、紙の刃は何度でも体勢を立て直し、執拗にスイを狙ってくる。
「チッ……面倒くさいね!」
朱音の能力が通じない。
景虎の時と同じだ。形代には心も罪の意識もない。ただ術者の命令に従うだけの純粋な道具だからだ。物理的な質量を持たない紙の群れに、重力を操る力は相性が悪すぎた。
「僕が防ぐ!」
ナユタは落ちていた太い木の枝を拾い上げ、スイの前に立って形代を叩き落とした。
枝が紙に触れた瞬間、金属同士がぶつかるような火花が散る。
「ほう。ただの人間にしては、なかなか良い動きをする」
廃寺の入り口に、いつの間にか一人の男が立っていた。
色褪せた狩衣を着崩し、長い前髪の奥で三日月のような瞳を光らせている。
年齢は三十代半ば。その手には、白紙の札束が握られていた。
「初めまして、逃亡者諸君。私の名は蘇芳。しがない呪術師だ」
男は芝居がかった動作で一礼した。
「景虎の犬か!」
ナユタが叫ぶと、蘇芳は肩をすくめて笑った。
「心外だな。あんな融通の利かない官僚と一緒にしないでいただきたい。私は誰の命令も受けない。ただ、個人的な興味で君たちを追ってきただけだ」
蘇芳の視線が、ナユタの背後に隠れるスイに向けられた。
「賀茂の血を引く娘。そして、国を揺るがす密書。……それを持ったまま都へ向かえば、君たちは三日と持たずに死ぬよ」
蘇芳が指を鳴らすと、周囲を飛んでいた形代が一斉に燃え上がり、灰となって消えた。
攻撃の意思はないというアピールか。
だが、その立ち振る舞いには、景虎とは違う種類の、底知れない不気味さがあった。




