第48話:廃寺
景虎の包囲網を抜け、町を後にした三人は、街道を外れて獣道を当てもなく進んでいた。
夜が白み始める頃、冷たい雨が降り出した。
体温を奪う、氷のような冬の雨だ。
「……あにさま、ごめんなさい。足が……」
スイがぬかるみに足を取られ、膝をついた。
息は上がり、小さな肩が小刻みに震えている。昨夜から一睡もせず、極度の緊張の中で走り続けていたのだ。限界だった。
「謝らないで。僕の方こそ、無理をさせてごめん」
ナユタはスイを背負い上げた。
その軽さに胸が痛む。彼女はまだ、こんな過酷な逃避行を強いられる年齢ではない。
「ナユタくん、あそこ」
先頭を歩いていた朱音が、木々の隙間を指差した。
鬱蒼と茂る森の奥に、半分朽ち果てたお堂が見える。かつては立派な寺だったようだが、今は屋根が抜け落ち、仏像も首から上がない。
「雨宿りにはなる。行こう」
三人は廃寺に逃げ込み、雨風を凌げる隅のスペースに身を寄せた。
ナユタは濡れた上着を絞り、朱音は自分の乾いた着物の袖で、スイの濡れた髪を優しく拭き始めた。
「……冷え切ってる。風邪を引くよ」
朱音の声音は、普段の荒々しさが嘘のように穏やかだった。
最強の鬼が、人間の子供を慈しむように抱きしめ、自分の体温を分け与えている。
スイは朱音の腕の中で、安心したように目を閉じた。
「朱音さん、ありがとう」
「お礼を言われる筋合いはないよ。……こいつが倒れたら、足手まといになるから面倒を見てるだけ」
朱音はそっぽを向いたが、スイの背中を撫でる手つきはどこまでも優しかった。
ナユタはため息をつき、懐から文箱の書状を取り出した。
葵の紋。そして、右大臣の専横と帝の暗殺疑惑を記した内容。
「この紙切れ一枚のせいで、僕たちは国中から追われている。……スイの出自も関係しているはずだ。景虎は、スイのことを賀茂の生き残りだと言っていた」
「賀茂って、あの陰陽師の家系?」
朱音が眉をひそめる。
「確か、数年前に謀反の疑いをかけられて、一族もろとも処刑されたはずだよ。……もしスイちゃんがその生き残りなら、右大臣にとっては生かしておけない存在だろうね」
その時だった。
廃寺の外、雨音に混じって、カサリ、と奇妙な音が響いた。
落ち葉を踏む音ではない。紙が擦れ合うような、乾燥した音だ。
「……ナユタくん、スイちゃんから離れないで」
朱音が立ち上がり、臨戦態勢をとる。
雨に濡れた崩れかけた土壁の隙間から、何かがこちらを覗き込んでいた。




