第45話:潜伏
雪崩による足止めは、景虎たちのような熟練の追跡者に対しては、ほんの半日の猶予しか生み出さなかった。
雪山を抜け、三人は関東有数の大きな宿場町へとたどり着いた。
ここを越えれば、都へ続く主要な街道に出る。だが、その入り口である関所を見て、ナユタは顔をしかめた。
「もう手配書が回ってるのか」
関所の壁には、ナユタと朱音の人相書きが張られていた。
罪状は「凶悪な山賊の頭目」および「国家反逆」。驚くべき速さだ。景虎が伝令の早馬を走らせ、先回りして網を張ったのだ。
「どうする? 力ずくで突破するか?」
朱音が拳を握るが、ナユタは首を横に振った。
「ダメだ。町人が大勢いる場所で暴れたら、怪我人が出る。景虎はそれも計算してるんだ」
彼らには「無関係な民を傷つけない」という枷がある。感情を持たない景虎の部隊にとって、それは付け入るべき最大の隙だった。
ナユタは手持ちの布でスイの長い髪を隠し、粗末な笠を深く被らせて男の子に見えるよう変装させた。朱音も着物の裾をまくり、荷運びの女を装う。
列に並び、順番を待つ。
「おい、そこの三人。笠を取れ」
関所の役人が鋭い声をかけた。
手配書と見比べる役人の目が、ナユタの顔に止まる。
「お前……人相書きの男に似ているな」
周囲の空気が張り詰めた。兵士たちが槍を握り直す。
ナユタは極めて自然な動作で、懐から数枚の銅銭を取り出し、手形の下に隠して役人に差し出した。
「お役人様。私たちはただのしがない薬売りです。妹が流行り病にかかっておりまして……あまり顔を見せたくないのです」
役人は銅銭をチラリと見た。
その瞬間、スイがナユタの背中を指でトントンと叩いた。合図だ。
「この人、すごく欲張りの匂いがする。袖の中に、他の人から巻き上げたお金がいっぱい入ってる」
スイの小さな囁き声。
ナユタは役人の目を見て、さらに低く、凄みのある声で言った。
「その袖の中の『通行料』……上役に知られたら、首が飛ぶのはどちらでしょうね」
役人の顔色が変わった。
ナユタたちが何者かは分からないが、自分の不正を瞬時に見抜かれたことに動揺したのだ。ここで騒ぎになれば、自分の懐に入れた裏金まで調べられかねない。
「……チッ。とっとと行け! 病人を町に入れるな!」
役人は銅銭を素早く袖に隠し、ナユタたちを追い払うように手を振った。
三人は無言で頭を下げ、関所を通り抜けた。
人間の欲と保身。それが、完璧な法を執行するはずのシステムの、小さなほころびだった。




