第39話:雪華
外は視界ゼロのホワイトアウトだった。
ナユタとスイは、腰に縄を結び合い、雪をかき分けて進んだ。
「あっち……! 崖の下!」
スイが指差す先、切り立った岩場の影に、青紫色の葉が見えた。
竜胆の一種だ。強力な解熱作用がある。
「待ってて!」
ナユタが崖を降りる。
手がかじかんで感覚がない。足場は凍りついている。
あと少し。あと数センチで届く。
その時、足元の岩が崩れた。
「うわっ!?」
ナユタの体が宙に浮く。
落ちれば谷底だ。
だが、落下は途中で止まった。
「あにさまッ!!」
崖の上で、スイが縄を必死に支えていた。
小さな体で、全体重をかけて。
だが、ナユタの重さに引きずられ、スイまで落ちそうになる。
「スイ! 縄を離せ! 巻き込まれるぞ!」
「やだ! 絶対に離さない!」
スイの悲痛な叫びが吹雪にかき消される。
縄が岩角に擦れ、千切れそうになる。
もうダメか。
そう思った瞬間、強烈な力が縄を引き上げた。
「……馬鹿なガキどもだ」
崖の上に立っていたのは、十蔵だった。
彼は太い腕で縄を手繰り寄せ、ナユタを引き上げると、無造作に雪の上に放り出した。
「死に急ぐな。……鬼一匹のために」
「鬼じゃない!」
ナユタは雪まみれの顔で叫んだ。
「大切な仲間だ! 家族だ! ……おじさんが家族を想うのと同じくらい、僕たちにとっても大事な人なんだ!」
十蔵は何も言わず、ナユタの手から薬草をひったくった。
「……貸せ。煎じ方を間違えれば毒になる」
小屋に戻ると、十蔵は薬草をすり潰し、特製の薬湯を作って朱音に飲ませた。
一晩中、ナユタとスイは朱音の手を握り続けた。
十蔵もまた、眠らずに火の番をしていた。
翌朝。
嵐は去り、雪原に朝日が差し込んでいた。
朱音の熱は下がっていた。
「……ん」
朱音が目を開けた。
ナユタとスイが抱きついて泣く。
「……重いよ。二人とも」
朱音は苦笑したが、その顔には生気が戻っていた。
十蔵は、荷物をまとめていた。
「礼はいらん。……さっさと行け」
彼は背を向けたまま言った。
鬼を許したわけではない。
ただ、家族のために命を懸けるナユタたちの姿に、かつての自分を重ねただけだ。
「ありがとう。……おじさん」
三人は頭を下げ、小屋を出た。
雪道を歩きながら、朱音がポツリと言った。
「……借りができたね」
「うん。いつか返そう」
鬼と人。
憎しみと愛。
雪解けにはまだ早いが、心の氷は少しだけ溶けた気がした。
三人の足跡が、真っ白な雪原に続いていた。




