第38話:仇敵
スイが連れてきたのは、毛皮を纏った初老の猟師、十蔵だった。
彼は無言でソリに朱音を乗せると、慣れた手つきで山小屋へと運んだ。
小屋の中は暖炉があり、暖かかった。
だが、十蔵の態度は冷たかった。
「……鬼だな」
十蔵は、寝かされた朱音を見て言った。
ナユタは息を呑んだ。
「出て行ってくれとは言わん。この吹雪だ、死ぬだけだ。……だが、薬はないぞ」
「助けてください! おじさんはこの山のことを知ってるんでしょう? 鬼に効く薬草とか……」
「知らん。俺はただの猟師だ」
十蔵は背を向け、矢の手入れを始めた。
取り付く島もない。
だが、スイが十蔵の足元に座り込み、じっと彼を見つめた。
「……おじちゃん。寂しい匂いがする」
十蔵の手が止まる。
「家族を……鬼に殺されたの?」
図星だった。
十蔵の背中がピクリと震える。
彼はかつて、里を襲ったはぐれ鬼に妻と子を食い殺され、復讐のために山に籠もっていたのだ。
だから、鬼である朱音を助ける義理などない。むしろ、ここで死ぬのを見届けるのが彼の正義だ。
「……そうだ。だから俺は、その女を助けない」
十蔵は低い声で言った。
「だが出て行けとも言わん。……運命に任せる。それが山の掟だ」
放置。
それは消極的な殺人だ。
ナユタは唇を噛んだ。説得しても無駄だ。憎しみは理屈じゃない。
なら、自分でやるしかない。
「スイ。……熱冷ましの薬草の匂い、分かるか?」
「……うん。外から、苦い匂いがする」
「行こう。僕たちで探すんだ」
ナユタは吹雪の中へ飛び出した。
スイも続く。
十蔵は、出て行く二人を横目で見送ったが、止めはしなかった。




