第37話:鉄毒
季節は冬へと向かっていた。
北の山脈を越えようとしていた三人は、予想外の寒波に見舞われていた。
吐く息が白く凍る。
「……寒いね」
ナユタが震えながら言うと、いつもなら「だらしない」と笑うはずの朱音が、無言で足を止めた。
「朱音さん?」
「……悪い。ちょっと、休憩」
朱音が大木の根元に座り込む。その顔色は、雪のように蒼白だった。
ナユタが慌てて額に手を当てると、火傷しそうなほどの高熱だった。
「すごい熱だ! どうして……鬼は風邪なんて引かないんじゃ……」
「風邪じゃない……」
朱音は荒い息の下で呟いた。
「鉄の毒だ。……黒金谷で、大量の鉄の呪いを吸いすぎた。……私の体の中で、錆が回ってる」
あの時、鉄鼠を縛り付けた代償だ。
彼女の能力は、相手の罪を物理化するが、その反動である「穢れ」は少なからず彼女自身にも蓄積する。
それが、寒さと疲労で一気に噴き出したのだ。
「動けない……。ナユタくん、私を置いて……」
「馬鹿なこと言うな!」
ナユタは朱音を背負おうとしたが、その体は岩のように重かった。
高熱で意識が混濁し、力の制御が効かなくなっている。数トンの質量を持つ鬼を、人間のナユタが運べるはずがない。
「あにさま! あっちに……煙が見える!」
スイが叫んだ。
吹雪の向こう、かすかに細い煙が上がっている。
人家だ。
「スイ、先に行って助けを呼んでくれ! 僕は朱音さんを温める!」
スイが雪の中を走る。
ナユタは自分の着物を脱ぎ、朱音にかけた。
最強の鬼が、今はただの震える少女のように小さく見える。
初めて見る彼女の弱さに、ナユタは恐怖した。
(死なせない。絶対に)




