第31話:黒煙
「憂いなき里」を後にした三人は、街道を外れ、さらに深い山奥へと進んでいた。
だが、その景色は異様だった。
木々は枯れ果て、地面は赤茶色に変色し、空は常に薄暗い灰色の雲に覆われている。
「……臭い」
スイが鼻を押さえた。
腐った卵のような、あるいは焦げた鉄のような、鼻をつく刺激臭が漂っている。
「たたら場だね」
朱音が周囲の枯れ木を見ながら言った。
「砂鉄を溶かして鉄を作るには、大量の木炭がいる。山一つ丸裸にして、燃やし続けるんだ。……この煙は、その残りカスさ」
しばらく進むと、谷底に巨大な製鉄所と、それにへばりつくような労働者たちの長屋が見えてきた。
黒金谷。
国直轄の製鉄所だが、実態は「流刑地」に近い。
「おい、そこ! 手を休めるな! 日が暮れるまでにノルマが終わらなきゃ、今日の飯は抜きだぞ!」
鞭を持った監督官の怒号が響く。
泥と煤にまみれた男たちが、重い鉱石を背負って蟻のように列を作っている。
その中には、まだ十にも満たない子供や、腰の曲がった老人の姿もあった。
「……ひどい」
ナユタは息を呑んだ。
これは労働ではない。緩やかな処刑だ。
彼らの足には、逃亡防止の鉄球こそついていないが、目にはもっと重い「絶望」という鎖が見えた。
「よそ者か?」
ふいに、背後から声をかけられた。
振り返ると、片足を引きずった男が立っていた。全身が煤で真っ黒だが、その目は鋭い。
源次と名乗るその男は、かつては腕利きの鍛冶師だったという。
「ここは地獄の釜の底だ。用がないなら、さっさと通り過ぎな」
源次は吐き捨てるように言った。
「通り過ぎる? ……こんな惨状を見て、放っておけって言うんですか」
「放っておくさ。誰もがそうしてきた」
源次は、谷の中央にそびえ立つ巨大な溶鉱炉を指差した。
「あれは国の心臓だ。ここから出る鉄が、武士の刀になり、農民の鍬になる。……俺たちは、その心臓を動かすための『薪』だ。燃え尽きるまで使われる消耗品なんだよ」
その言葉には、怒りを超えた諦観があった。
国を支えるために、誰かが犠牲にならなければならない。それがこの時代の「正義」なのだと。
「……あにさま」
スイが、ナユタの服をギュッと握った。
「山が、泣いてる。……痛いって言ってる」
スイには聞こえるのだ。
木々を切り尽くされ、腹を割かれ、毒を吐き出させられている大地の悲鳴が。
そして、その大地と共にすり減っていく、人々の魂の軋む音が。




