第20話:死角
山間の峠道。 うっそうと茂る木々が日光を遮り、昼間でも薄暗い。 ナユタ、朱音、スイの三人は、足早にこの危険な地帯を抜けようとしていた。
「……変だね」
先頭を歩いていた朱音が足を止めた。 鳥の鳴き声がしない。風の音さえ、何かに怯えるように止んでいる。
「あにさま」
スイがナユタの袖を引いた。その瞳が、道の先の茂みをじっと見つめている。
「そこに、誰かいる」
スイの警告と同時だった。 足元の落ち葉が不自然に沈み込んだ。
「ッ!」
朱音が反応し、ナユタとスイの襟首を掴んで後ろへ跳ぶ。 刹那、三人が立っていた地面が大きく陥没した。 底には、鋭利に削られた竹槍がびっしりと植えられている。虎落だ。
「チッ、外しやがったか」
舌打ちと共に、茂みから数人の男たちが現れる。 薄汚れた鎧を着た野盗たちだ。だが、彼らの目は血走っており、手にした武器は震えている。 獲物を狩る捕食者というより、背後に迫る恐怖から逃れようとする獲物の目だ。
「おい、何をボサッとしている」
男たちの背後から、低い、凍りつくような声が響いた。 現れたのは、身の丈六尺はある巨漢。 顔の半分が火傷で爛れている。この一帯を荒らす野盗の頭目、厳鉄だ。
「女子供は生け捕りにしろと教えたはずだ。……それとも、俺の『教育』が足りなかったか?」
厳鉄が巨大な金棒を、傍らにいた手下の肩に軽く乗せた。 それだけで、手下の男はガタガタと震え上がり、失禁した。
「ひ、ひぃッ! す、済みません親分! 今すぐ……!」
「ならやれ。……失敗したら、お前の家族がどうなるか、分かっているな?」
その一言で、男たちの目の色が変わった。 恐怖が、殺意へと強制的に変換される。 彼らは自らの意思ではなく、厳鉄という絶対的な暴力に支配され、家族を人質に取られた操り人形だった。
「う、うおおおおッ!」
手下たちが、涙を流しながらナユタたちに襲いかかる。 ナユタは唇を噛んだ。 こいつらは悪人じゃない。ただの弱者だ。 本当に斬るべき敵は、安全圏で笑っているあの巨漢だけだ。




