第19話:友垣
夜が更けた。 納屋の外から、話し声が聞こえてくる。
「やはり、やるべきだ。万が一にも漏れたら……」 「しかし、あの娘はまだ小さいぞ。殺すのは寝覚めが悪い」 「甘いことを言うな! 俺たちの子供を守るためだ!」
意見は割れている。だが、恐怖が勝りつつあるのが分かった。
「……ナユタくん」
朱音が立ち上がった。
「出るよ。このまま待ってても、ジリ貧だ」 「戦うの?」 「まさか。……村人全員を敵に回したら、都まで体力が持たないよ。もっと賢いやり方がある」
朱音は、納屋の床板を指差した。 そこには、スイがさっきから静かにいじっていた場所があった。 床板が外れ、地面が露出している。
「スイちゃんが見つけた。ここ、古い抜け穴になってるみたい」 「え?」 「間違いないと思うよ、風の匂いがする」
スイが得意げに鼻をひくつかせた。 彼女の感覚は、やはり常人離れしている。
三人は床下へ潜り込み、狭い土のトンネルを這い進んだ。 出口は、村外れの古井戸の中だった。
「ふう……!」
井戸から這い出し、新鮮な空気を吸う。 これで逃げられる。 だが、ナユタは立ち止まった。
「……逃げるだけでいいのかな」
このまま逃げれば、村人たちは疑心暗鬼になり、ナユタたちを全力で追いかけてくるだろう。あるいは、恐怖から村を捨てて散り散りになるかもしれない。
「戻ろう」 「うん?」
朱音が目を丸くした。
「長老のところへ。……逃げずに話し合いに来たって姿を見せれば、信用してもらえるかもしれない」
それは賭けだった。 殺されるリスクのある場所へ、わざわざ戻る行為。 だが、信頼を得るにはそれしかない。
三人は、集会所の焚き火を囲む男たちの前に、堂々と姿を現した。
「なっ……!?」 「貴様ら、どうやって!?」
男たちが驚愕し、騒然となる。 長老が目を見開き、そして深く息を吐いた。
「……逃げられたのに、戻ってきたのか」 「逃げる必要がないからです」
ナユタは真っ直ぐに長老を見た。
「僕たちは敵じゃない。あなたたちと同じ、この時代の理不尽と戦っている『友垣』です。…それにあの抜け道、本当はみなさんが万が一の時に、村から脱出するための穴でしょう。長老さんだけが知っている道」
「……肝の据わった小僧だ」
男たちに向かって手を振った。
「……もうよい、武器を収めろ」
空気か緩んだ。 殺意が消え、代わりに奇妙な連帯感が生まれた。 国に隠れて生きる者同士の、秘密の共有。
「小僧みたいな人間が、この世を変えてゆくのかもしれんな…」
翌朝。 村を出る三人の背嚢には、十分すぎるほどの食料と、予備の草鞋が入っていた。 見送りはない。目立たないように、静かに出て行くだけだ。 だが、別れ際、スイが村の子供に小さな花飾りを手渡しているのを、ナユタは見た。
「……また、いつか来れるかな」 「時代が変わったらね」
朱音が答えた。
「誰もが隠れずに、堂々と生きられる時代になったら……また来よう」
三人は再び、獣道へと足を踏み入れた。 背中には、村人たちの「生きて逃げ切れ」という無言の祈りを感じながら。




